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恥ずかしいこと
カーテンの隙間からは、もうすぐで月の光が零れるような時間であった。
部屋の中はやわらかいランプの輝きで満たされ、とても明るい。
その炎が、きらりと豪奢な姿見を照らしたその時だ。
春の空のような、美しい薄青色のドレスに身を包んだ娘。
その姿が、その大きな鏡に映りこんだのは。
じっと、自らの像を見つめて、広がったスカートの端を摘んでみたり、くるりと回って後ろ姿を見てみたり、何かを確かめているようである。
動くたびに、少しだけたらした髪が揺れて金色の軌跡を描いた。
しばらくそのような行動を繰り返していた彼女であったが、やがて納得したように鏡の中の自分へ笑いかける。
そして、振り返って、控えていた従者へと告げた。
「ん、大丈夫みたい」
「そうですか」
「うん。よかった、今日に間に合って」
「無理にでも間に合わせるように言いましたから」
「そうなの?」
「ええ。お嬢様の初めての夜会用のドレスが間に合わないとなったら、当家の恥ですから」
「それは、そうだけど」
「本当に、間に合ってよかったです」
にっこりと満足そうにドレスを眺める彼を見て、ウィンリィはなんだか苦笑いをしたくなった。
きっと彼は仕立て屋に無茶を言ったのだろう。
そもそもこのドレスがギリギリに仕上がったのだって、あれやこれやとこの従者が注文をつけて、何度も作り直させたからだ。
後で仕立て屋にちゃんと礼を言わなければ、そんなことを考える。
しかし、そうは言うものの。ウィンリィは、また姿見に向き直った。
こだわっただけあって、細かく刺繍がなされた空色の生地は美しく、ドレスの形も綺麗だ。
こんなドレスで出れる今日の夜会は、きっと素晴らしいものになるだろう。
なんだか無償に、嬉しさが込み上げてくる。
顔が緩むのが、自分でもわかった。
「お嬢様」
「何?」
「よくお似合いですよ」
やはりお嬢様にはその色が一番ですね。
そう、にっこりと、それはもう満面の笑顔で言ってきた従者に、ウィンリィは顔が熱くなった。
こんな風に誉めてくれるのはいつものことだが、それでも今回は特別だったのだ。
初めての夜会とはつまり、社交界の仲間入りをすることであり、大人になる証でもある。
その姿を誉められたことが、照れ臭かった。
そして、本当に根性は悪いし性格だって捻くれてるし色々と口煩いとも思うけど。
それでもひそかに思いを寄せるこの青年に誉められたということが、ただ特別に恥ずかしくて、嬉しかったのだ。
この生地を選んだのだって、実を言うと、先程のようにことある度に自分にはこの色が似合うと彼が言うからである。
もちろんそんなこと、本人には言わないが。
「お嬢様?」
黙ったままのウィンリィを訝しんで、従者の青年は声をかけてきた。
それに、彼女はやっと我に返る。
「な、なんでもないわっ、うん。ありがと、エド」
取り繕うように言うと、エドワードはいいえとまた笑ってみせた。
それに今度は笑顔を返してみる。
「そろそろ時間かしら」
「そうですね」
「じゃあ、その前にお祖母様にご挨拶しなきゃ」
「では」
そう言ってのばされた左手に手を乗せてから、ふとウィンリィはあることを思いついた。
「せっかくだから、ちゃんとエスコートしてよ」
「エスコート、ですか?」
「うん。予行練習、ってわけじゃないけど。部屋の中だけでいいから」
ダメかしら、そう続ける主人を見て、エドワードは少し戸惑ったようであった。
でもそれは彼女とて同じだ。
我ながら、大胆なことを言っているとも思う。
でも、使用人である彼が夜会に出ることはないのだから、せめてこれくらいはという気持ちがあった。
少しの沈黙があって、従者は困ったように言った。
「わかりました」
そして、おきまりの笑顔を一つ浮かべると、では、と従者は自身の左腕を彼女の前へと差し出した。さあどうぞと言わんばかりの様子である。
なんだかいざとなるとものすごく恥ずかしい気がして、ウィンリィは少しひるんだ。
しかし、言いだした手前、引くわけにはいかなかったので、おずおずと彼女はその腕に自らの手をのばす。
すると目が合って、また微笑まれた。
いつもの顔なのに、いつもよりも恥ずかしい。
ひょっとしたら本番よりも、今のほうがよっぽど緊張しているのかもしれない。
「では、行きましょうか」
「う、うん」
余裕たっぷりに見える相手の顔が、今は少し憎たらしくも思える。
小さい頃は、手を繋ぐとか普通だったのに。
廊下の扉まで歩きながら彼女が考えたのは、そんなことであった。
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『綺麗なもの』の続き。
お嬢様がだんだんツンデレっぽくなってきてますね。
ツンデレお嬢様というと三千院家の彼女を思い出します。
ですがこの執事はあそこまで有能じゃないと思います(遠い目)
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