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昔のこと
記憶はいつだって闇から始まる。
母親が死んでから。気がついた時、路地の隅に座り込んでいだ。
体に絡みつくのは、やまない雨と、湿気の多いじとじとした空気。
優雅なお貴族様が顔をしかめるような悪臭はすっかり鼻に馴染んでいる。
なんの違和感すら感じなかった。
視線だけで周りを伺うと、同じくらいの子供が沢山転がっている。
誰もぴくりとも動かなかった。そんな気力が無いのだ。
もしかしたら、もう死んでるかもしれない。
だが、そうだとしても、それはなんの感慨をもたらさなかった。
ここでは死体なんて大して珍しくない。
慣れすぎたのだ。死ぬ奴が弱いだけだと思う程に。
膝を抱える手に力を込めた。こんな所で死にたくなかった。
生きて、生きて、生き抜いて、いつかこのクソみたいな世界から抜け出したくて。
それだけだ。それだけのために何だってした。
だが、痛いくらいだった空腹すら感じなくなった時。
ついに死が自分に降りかかろうとしていることに気がついた。
身近にありつつも遠かった死。
結局自分も、虫けらのように死んでいったあいつらと同じだったというのか。
弱いというのだろうか。
だが、どこかで冷静に考えてもいた。
こんな世界に生きている価値があるのかと。
ここから抜け出した所で何があるのかと。思考は淀んでいく。
体は、少しも動かない。ますます黒くなる闇。
拾われたのは、もう本当にどうでもよくなったその時だ。
「エドっ」
呼ばれて、少年は振り返った。
すると、こちらに向かってパタパタと走ってくる少女が見える。
若草色のドレスの裾を大きくふわふわと揺らしていることから、かなり急いでいるようだ。 それが少し危なっかしい。
後ろを追いかけるハウスメイドも焦った顔をしていた。
もしかしてと思い、声をかけようとしたその時だ。
案の定、ぐらりと小さな体が傾く。
「あ」
転ぶ。そう思って少年が無意識に漏らした声。
ハウスメイドの青い顔が視界の端にあった。
彼女の方へととっさに体が動く。
どしん、ときた体への衝撃に後ろへ転びそうになった。
踏ん張って、耐えたのは無意識だ。恐る恐る、ゆっくりと下を見る。
すると、満面の笑顔が飛び込んできた。
「お、おじょうさ」
「エド!もうおべんきょ、おわったの?」
きらきらとした顔で訪ねてきた少女に、少し圧倒される。
だが直ぐに彼は顔を険しくした。
「……お嬢さま」
「なに?」
「廊下は走ってはいけませんって前にも言いましたよね」
「うん」
「だったら……」
意識的に更に顔を険しくする。
わかっていますねと言外に問うてくる彼に、少女はちょっと不満そうな顔をしてみせた。
しかしすぐにごめんなさいと言ってくる。基本的に素直なのが彼女のいいところだ。
少年は思わず顔を緩める。だが。
「ね、それよりも!」
ぱぁっと顔を上げて聞いてきた彼女は、言葉からして本当に反省しているかどうか疑わしい。
どうやらこの間転んだことはもう忘れているようだ。
危ないっていつも言ってるのに。少年は息を吐いた。
だがそれは彼女には聞こえてはいない。
「もうおべんきょ、おわったんだよね?」
きゅっ、と少年の服を掴んだまま聞いてくる。
どうやら、彼が持っていた本や紙の束に気づいているようだ。
確かに大奥様から言いつけられた勉強はもう終わっていた。
ただの使用人である彼が教育を受けさせてもらってる理由は、いずれ孫娘付きの世話役とするためだとのことである。
貴族の娘の側に仕えるためにはある程度の教養が必要だ。
何で自分が選ばれたのかは知らない。深く考えたこともない。
大奥様がそういってるからそうなんだろうと納得することにしている。
しかし、彼女の世話役など本当に自分に出来るのかと少年は自問せずにはいられない。
懐いてくれているのは確かだけど、だけど言うことは聞いてくれない。
何度いったって廊下を走ることをやめてくれないのに。
「エド?」
黙ったままの少年に、屋敷の一人娘は首を傾げた。
不思議そうな顔をしている。それにまたため息が出そうになった。
まっすぐにこっちを見つめる青い瞳は、昔から、二年前から変わらない。
拾われてすぐ。色々あって、目つきもきっと今以上に悪くて。
ともかく三歳の子供とは絶対に仲良くなれないだろう自分に、笑顔をくれたあの時から。
どれだけ、それに救われただろうかはわからない。
そして、それにどれだけ自分が弱いのかも。
少年は結局ため息を吐かなかった。
彼女を見た。相変わらずだった。
とりあえず諦めることにする。何をだ。色々だ。
「……なんでもないです。それより、どうしたんですか?」
「あ、うん。えっとね 」
咲き誇った庭の薔薇を一緒に見に行こうと少年に一生懸命お願いする姿を見て、後ろに控えていたハウスメイドはため息を吐いた。
ほほえましいというかなんと言うか。
少女が廊下を走るのは、少年を見つけた時だけだった。よっぽど大好きなんだろう。
だが、それで怒られているのだからしょうがない。
でも心臓に悪いから、走るのはやめて欲しいとも思う。
彼女はまた苦笑した。そのことを少女も、また少年も知るよしもなかった。
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冒頭は「他の話に使うつもりでしかし自分的にボツにしたやつ」のリサイクル。
幼女と少年萌え、むしろ少年萌えです。
この話の少年は短髪で、短髪でお願いします……!(細かい)
アルの存在が消滅してます。
本当は出したかったんですが、設定的に無理だったので。
これで弟を出すとアイツはお嬢様よりもそっちを大事にしちゃう子なので。
つーかそうじゃないエドって、エドじゃねぇ……!(爆)
や、この話のエド(とお嬢様)はとっくに本来のアイデンティティーを喪失してますが。
そりゃもう恐ろしいくらい、別人という意味で(遠い目)
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