初めてのもの









「あったかーいっ!」



春の光がやわらかに零れる午後のパークに、少女特有の高い声が響く。
やっぱり上着なんかいらなかったわ、と続ける彼女はウィンリィだ。
大きな花飾りの付いた帽子を両手で押さえて、ちらりと隣に立つ者を見上げる。
その視線には、ちょっとした抗議が込められているようだ。



「ダメですよ。風、強いんですから」



だが、少女の抗議はあっさりと却下される。
そのことにちょっとはむっ、としたウィンリィではあるが、確かに時折パークを吹き抜ける風はまだ冷たい。 世話係の少年の言うことは正しいのだろう。
渋々ながらも、わかってると答えた。
それを聞いて少年、エドワードはにっこりとした笑顔を返した。



「わかってくだされば、結構です」



満足そうなその声に、ウィンリィはなんだか悔しい気持ちになる。
エドワードは少々厳しすぎる。過保護、といえばいいのだろうか。
確かに彼が言うことはいつも正しいけれど、彼女のことをいつも一番に考えてのことだけど。
それでも、もうちょっと融通がきけばいいのになとは思わずにはいられない。



「……エドのけち」



思わずぷう、と頬を膨らませて、ウィンリィは小さく呟いた。



「何か仰いましたか、お嬢様?」

「なんでもないっ!」



不思議そうに首を傾げるエドワードからふいっ、と顔を背けて、ウィンリィは辺りを見渡した。
風は確かに強かったが、公園はすっかりと春の光景だった。
整備された歩行道の周りには、季節の訪れを告げる白い花が咲き乱れている。
それは彼女達が居る広場も同じことで、手を伸ばせばすぐ届く程の距離に花の姿はあった。
小さく可憐なそれを見つけて、思わずウィンリィはぱたぱたと駆け寄った。
危ないですよ、という世話係の声は無視だ。
しゃがみこんで、春の空よりも青いその瞳に白い花を映し出す。
すると、それまでのちょっとおもしろくない気分はどこかにいってしまう。
きれい。そう思ったら、知らずに笑顔になる。
慌てて追い付いてきたエドワードを見上げて、彼女は告げた。



「見て見て!とっても、きれいなの」



そうですね、と返ってきた声にウィンリィは満天の笑顔を向けた。
やっぱり、来てよかったと思う。その顔を見て、少年もまた同じことを思った。
やはり、無理をしてでもお嬢様を連れてきてよかった、と。




二人はしばしその花を眺めたが、また散策を再開させる。
といっても、日が沈む前には屋敷に戻らなければならない。
遠出はできないため、ただパークの中を歩くだけだ。
これから益々と暖かくなっていくだろう公園を歩く人は中々に多い。
それに便乗して物売りの姿も多いようだ。
新聞売りの男からオレンジ売りの女性、花売りの少女まで多種多様だ。
皆、自らの商品を売るために、道行く人々に声をかけている。
それを煩く感じて、エドワードはひっそりと顔をしかめた。
せっかくの散歩なのに、これでは台無しだ。
もちろん隣を歩く少女には気付かれないようにの行為だ。
だが、そんな彼の努力は関係ないように、ウィンリィはきょろきょろと辺りを見ている。
あまり屋敷から出ない彼女にとって、こんな光景は珍しいのだろう。
それに気付いたエドワードが、思わず苦笑を洩らしたその時。
あ、と小さな声が上がった。



「見て、エド!あそこで、アイスクリーム売ってるみたい」



立ち止まって。くいくい、と彼の袖口をひっぱりながら、ウィンリィは告げた。
その声は、弾んでいる。もう片方の手でそのアイスクリーム売りのいる方を指していた。
ちらりと、上目使いで、彼女は若い使用人を見る。



「ねぇ、エド」

「ダメです」

「……まだ何もいってない」

「ダメですよ、お嬢様」

「だから、まだ何も」

「とにかくダメです。あんなトコで売ってるアイスなんて不衛生ですから」



考えていることをズバリといい当てられ、おまけに否定され、ウィンリィはう、と息を飲む。
だが、外で売られているアイスクリームに対する興味は尽きなかった。
エドワードが言っていることが正しいのはわかっているのだが。
買い食いは行儀が悪いことも、知っているのだが。
人間、駄目と言われるとますます興味をそそられるものだ。
やっぱり、食べてみたい。
歩いて乾いた喉に、冷たくて甘いアイスクリームが滑り込む。
想像しただけでワクワクしてくるではないか。



「……どうしても、ダメ?」

「ダメです」

「一口だけでも、ダメ?」

「ダメなものはダメです」



ばっさりといい切られて、ウィンリィはちょっとした怒りすら感じる。
何よ、少しくらいいいじゃない。そんなことを考える。
だが、こうなったエドワードが折れないことは悲しいかな、よく知っていた。
じっ、とこちらを見る金色の視線から目を背け、はぁ、とため息を一つ吐く。
そして、わかったと小さく告げた。
肩を落として、心配性すぎる世話係をその場に置いてとぼとぼと歩き始める。
そんな様子を見て、心中密かに動揺したのはエドワードだった。
自身の行為が正しいことに疑いは無いが、命よりも大事といっても過言ではない若き主人をがっかりとさせたことにひどく罪悪感を感じる。
しかしかといって、彼女の願いを叶えてやることはできない。
それは、彼女のためにはならないのだ。
さて、どうしたものか。どうすればいいのか。
まったくもって深刻な問題だ。
彼はぐるり、辺りを見渡した。すると、あるものが目に入る。
そこで何かを思いついたようで、彼は駆け出していった。












とことこと歩きながら、ウィンリィはまたため息を吐いた。
彼が許してくれないのは心配をしてのこととわかっているので、怒りはもう無い。
そう、無いのだが。
でもとてもいい気分ではなかった。
やっぱりアイスクリーム、食べてみたかったなあ。
そうため息を吐いてウィンリィはこん、と足元の石を蹴る。
ころりと石が転がったその時。
お嬢様、と呼ぶ声がして、彼女は顔を上げた。
そして、声がする方を振り返る。
すると、鼻を淡い甘い香が擽った。







「アイスの代わり、じゃあないですけど。どうぞ」



そう言って、笑いながら世話係の少年が差し出してきたものに、ウィンリィは最初きょとんとした表情を浮かべた。
普段の彼が、手渡してくるものではなかったからだ。
だが、ゆっくりとその微かに甘い香がするものと少年を見比べた後。
おずおずと両手を伸ばす。そして、受け取ったものを覗き込むように見た。








それは、花束だった。小さいが、確かに花束だった。
淡い黄色の花と真っ白な小さい花を数本だけ束ねた様はなんとも可愛らしい。
甘い匂いを先程よりも強く感じる。
広場を歩く花売りから求めたものなのだろうか。
いつのまに、エドワードは買ったのだろう。そんな疑問が、ふと頭に浮かぶ。
だが、そんなことよりも。
ウィンリィは、自身の顔が弛んでいるのを感じた。頬もちょっと、熱い。
なんだかそんな自分が恥ずかしいとは思うのだが、それでも直すことはできなかった。
なんだろう。うまくは言えないのだが。
嬉しさが溢れだして止まらないというのが一番正しいと思う。
花束をもらったことは、初めてではないけれど。
だけど、彼からもらったのは初めてだった。
だからこそ、こんなにも嬉しい。





「……エド」





顔を上げて、こちらを見ている世話係の少年の名を呼ぶ。





「……ありがとう」





にっこりとした笑顔で告げる。
例え、アイスクリームの代わりだとしても。
彼に深い意味なんて、無くても。それでも、やっぱり嬉しい。
その気持ちは伝えたかった。
それに少年は、いいえ、といつもと変わらない態度をもって答える。
だが、そんないつものことすらなんだか今日は特別に思えて。
ウィンリィはまたじんわりと暖かいものが広がるのを感じる。




手にした花束にそっと顔を寄せてみる。
春の匂いがくすぐったくて、彼女はまたくしゃりと微笑んだ。



















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なんとなく、どころか直球で「大切なもの」の続き物。

ウィンリィ、ごっさキモっ!!!(チキン肌)

この彼女は彼女の面の皮を被った別人です(真顔で)