|
大切なもの
緩やかな日の光が、開かれた窓から零れ落ちている。
春真っ盛りの今、それはとても暖かいものだった。
庭の花は咲き誇り、小鳥は歌を囀る穏やかな季節。風も殆ど存在しない午後の一時。
人の心を浮き立たせるには、十分すぎるその光景。
しかし、窓の内側の世界。
そこはおよそ外の麗らかな様子とはかけ離れていた。
部屋の真ん中に存在する机。そこにむかう少女は春などまるで関係ないかのように、一心にペンを動かしている。十足らずの年だろうか。
彼女は、やわらかなレースがふんだんにあしらわれた黄色のドレスに身を包んでいる。また緩やかに結い上げられた薄金の髪をキラキラと陽光に煌めかせていた。
床に届かないために、ぶらつかせた足の室内用の靴にはリボンが揺れている。
文字をひたすらに追う空色な瞳、そして人形のように愛らしい顔立ちは、彼女が年ごろになった時の美しさを想像させるものだ。それもそうだろう。
彼女は特別であって、普通の子供ではなかった。
帝国アメストリス。その中でも有数の大貴族のたった一人の後継者。
それが彼女の立場だった。
今、真剣に取り組んでいる書き物も、勉学のためのそれだ。
貴族として、身につけねばならない教養は沢山ある。
午後は彼女にとって、勉強の時間だった。それが当たり前だったのだ。
だが、今日の彼女はいささか様子がおかしい。普段はゆっくりと、時間をかけて行う書物の写しを、できるだけ速く行っていた。それには、理由がある。
ちらり、と彼女は後ろを見た。
だって、今日は。
彼女の後ろ。視線の先。そこには、控える者がいる。
使用人が着る黒のスーツに身を包み、懐中時計を見る彼は、彼女よりは幾分か年上に見える。少年と呼ぶのは幼く、青年と呼ぶのは似付かわしくない。
十五、六歳といったところだろうか。
お目付け役兼世話係として、少女の前に現われてからずっと。
彼はこうして傍に控えている。何時でも、どんな時も共にあった。
彼女にとっては、家族にも等しい存在だ。
そして、それ以上の感情もおそらくある。
それほど大事で、大好きなひとだった。
だからこそ、彼女はこうして勉強を頑張っている。
あともう少し。あと一行書き写したら、それで今日の勉強は終わりだ。
そうしたら。
「……できた!」
ペンを置いて。彼女は感嘆の声を上げた。
紙を持ち上げて、書き残しや間違いが無いか確認する。
大丈夫、ばっちりだ。
思わず綻んだ顔はそのままに、彼女は勢い良く振り返った。
「エド、おわった!」
「本当ですか?」
するとかの世話役が、言葉を返す。
彼女から紙を受け取ると、彼は間違いが無いか確かめ始めた。
だがその僅かな時間も、少女にはもどかしい。
しかし、はやる気持ちを抑えておとなしく待つ。
自信が無いわけではないが、なんとなく不安な気持ちもあったので座ったまま、彼を仰ぎ見ていた。ややあって、にっこりとした優しい笑顔が、彼女に向けられる。
「完璧です。よく、できましたね」
「……じゃあ……!」
「えぇ。今日のお勉強はこれで、終わりです」
その言葉を聞いて、彼女はぱぁ、と華やいだ笑顔になった。
彼が、これで終わりと言った。ならば、この後の時間は。
彼女は、とすんと椅子から飛び降りた。
そして、世話役の少年の手をとって、輝いた瞳を向ける。
「ねぇ、ねぇ!じゃあ、約束どおり、おさんぽ、行ってもいいかしら?」
これが、彼女が頑張った理由だった。
最近家の仕事もして忙しいらしく、あまり一緒にいる時間がない彼との、お散歩。
沢山話せる時間。二人だけの時間。
なんて、素敵なのだろう。なんて、すばらしいだろう。
だが、笑顔を向けてくれると思った彼は、何故か不思議そうな顔を見せた。
「しましたか?そんな約束」
返ってきた言葉は、彼女にとっては信じられない内容だった。
「……え」
「そんな覚えは、ないのですが……」
うーん、とわざとらしく考え込んだ顔をしながら、彼は答えた。
しかしそれはちょっとした嘘だった。
確かに、今日の朝にそんな約束をした。
そのために彼は、午後の分の仕事を午前中に始末している。
彼女との約束を守らないなんてことはありえない。
だからこれは彼女をからかうための、ほんの悪戯だ。
ちょっとした悪ふざけ。
笑いを堪えながらちらり、彼は愛らしい主人を見る。
だが。
「……今日は、お天気がいいから、お勉強終わったら、いっしょに、おさんぽ行ってくれるって、約束、したじゃない……」
きゅっ、と握った手の力を込めて。
ぽつぽつと、そして今にも泣きそうに語る様子に、彼は慌てた。
罪悪感が襲ってくる。彼の教育の賜物か、主人は少々正直に育ちすぎたらしい。
やばい。本気にしたのかお嬢様。たらりと、冷や汗が流れてくる。
はっとして、彼は直ぐに口を開いた。
「う、嘘ですよお嬢様!もちろん覚えてますよ?」
「……ホント?」
「ホホホントですよ!一緒に、パークまで行くって約束、でしたよね?」
恐る恐る、彼は主人を見た。
すると、きょとんとした後、彼女は、ふくれたような顔を見せる。
むぅ、と非難がましい視線をこちらに送ってきた。
「もうっ!エドっ!」
「は、はいっ!すみません、すみません!謝ります!」
すみませんごめんなさいと彼が言い募ると、ようやく機嫌を直したのか。
主人は、名を呼んで彼を制す。
「…もういい。それより、早くいこ?」
「はい?」
手を握る力が、強くなる。
小首を傾げた、青い瞳が真っすぐに彼を見上げていた。
「おさんぽ。ね、早く行こうよ?」
その言葉に、彼ははっとする。
そういえば彼女は、今日はいつもよりずっと早い時間から勉強を始めていた。
よっぽど散歩を楽しみにしていたのだろう。
彼は慌てて口を開いた。
「……は、はいっ。もちろんです!」
その言葉を聞いた瞬間。
それまでのどの笑顔よりも眩しい笑顔を、彼の幼い主人はにっこりと浮かべた。
そして、それを見て安心した彼の手を両手でぐい、とひっぱる。
廊下へと飛び出そうとする。
「お、お嬢様!?」
「早く行きましょ!ほらエドっ、早く早く!」
「だっ……だめですよ上着を着なきゃ」
「だいじょぶ!暖かいもの」
にっこりと、振り返りながら、そう告げる彼女は楽しそうにぐいぐいと手を引く。
引かれながら彼は、慌てつつもどこか暖かな心持ちになった。
前を行く少女は、年相応の姿だった。そこには貴族としての影はどこにもない。
彼は思う。貴族の一人娘。普通ではない存在。
そんな彼女が、こうして束の間でも普通に笑えるのなら。
そのためならなんだってしてやろうと。守ってやろうとも。
そして、苦笑する。これではまるで使用人を通り越して父親の心境ではないかと。
だがそれはそれで構わないとも思う。
彼女の、亡くなった両親の代わりとなれるのならば、支えとなれるならそれは光栄だ。
身に余まりすぎる程に。
いつまでもこうして自分を慕ってくれればとさえ思ってしまう。
だが、そうはいかない。いつか彼女は大人になって、離れていってしまう。
そのとき自分は、どうするのだろう。
娘を嫁に出す父親のように隠れて泣いてしまいそうだ。
冗談ではなく、本当にそうなりそうで彼はまた苦笑した。
情けない。結局、守るつもりで彼女に依存しているのは自分自身だ。
「……エド、どうしたの?」
押し黙った彼を訝しんで、幼い声が名を呼んだ。
それに、若い使用人は笑顔を返す。
困ったようなそれは、彼女にしか見せない、表情だった。
「……なんでもありませんよ。さ、お嬢様。行きましょうか」
上着をちゃんと着て、と付け加える。そして悪戯っぽくまた笑った。
その言葉にまた彼女は不服そうな表情を見せる。
しかしそれでも渋々はーい、と了承の意を示した。
それを確認して、彼は彼女の上着をとりにクローゼットへと向かう。
穏やかな、午後が始まろうとしていた。
--------------------------------------------------------------------
とりあえず軽くジョブ(何)大体こんなテンションで話が進みます。
なんていうか二人とも別人。特にウィンリィのありえなさ加減にはいっそ爆笑(え)
ちなみに豆は恋愛感情まったく抱いていません。
しかし「一番大切な人は誰?」と聞かれると「そんなもんお嬢様に決まってんじゃねーか!」と即答します。 キモいヤツだ(ぼそっ)(おい!)
もう五年後くらいに、女性らしくなったお嬢様を意識してうだうだするといいと思います。 それが彼らしい持ち味かと(にこっ)(超いい笑顔)
|