|
初めて君と待ち合わせた日
麗らかに降り注ぐ日光は、広場に集まる人々の顔を鮮やかに照らしだしていた。
例えば、ベンチに連れ添って座る恋人同士の甘い笑顔。
例えば、買い物に来たらしい若い家族の明るい顔。
例えば、二人で散歩をしているとおぼしき老夫婦の緩やかな笑み。
例えば、人待ち、おそらく想い人を待っている青年の待ちきれないといった表情を全て、金色に光る太陽は輝かせている。
暖かで、鼻歌の一つでも思わずついて出てきそうなまろい雰囲気がここを支配していた。
そんな中、心中穏やかではない男が一人。年の頃は若く見積もって二十代半ば。
闇色の薄手なスーツ、といっても相当上等と思われるものを上品に着こなし、また揃えたように鈍く輝く黒革の靴はかなり値が張ると見える。
一目で高給取り、とわかる出で立ちだ。
しかしそんな嫌味ったらしい格好がよく似合う男である。
よく整った顔にさらりとかかる黒髪を掻き上げる様などはきっと多くの女性を魅了するだろう。
実際、彼は先程から何度となく声を掛けられていた。
プレイボーイとして名高かった昔の彼なら、来るもの拒まずの信条を通してその誘いに乗っていただろう。だけどそれはあくまでも、昔の話だ。
今日の、いや彼女と想いを通わせてからの彼は、女性からの一日限りの逢瀬の誘いを全て丁重に断っていた。
その手腕は実に見事なもので、女性達が気持ちを害さないような断りの仕方だ。
女運というものにつくづく見離されている彼の部下がみたら、もったいないだったらこっちに少しは分けろ、と不平を零しただろう。
なんとなくふくれ面をしたくわえタバコの部下を想像し、彼は思わず微笑を洩らした。
しかしそれは分けてやれるものではないだろう、と想像上の若き士官に答えを返す。
広場の真ん中に立つ時計を、彼は見やった。
約束の時間まで、まだずいぶんとある。
早く来すぎてしまったようだ。いくら女性との待ち合わせとはいえ、少々度が過ぎる。
これではまるで気が急いているようではないか。
彼女との初めてのデートを待ちきれなかったようではないか。
ふぅ、と彼は一つため息をつく。それから、実際そうなのだと自嘲した。
デートを心待ちにするような年ではもうないのだけど、それでも。
気分はどうしようもなく高揚している。
久しぶりに会うということもあるが、心がふわふわと浮き立つような感じが、雲の上を歩いているような感じがするのだ。
まさに地に足が付いていないといった状態。しかし同時に同じくらい緊張もしている。
嗚呼、これが国軍で将の地位を拝命している男の現実か!
情けない、なんたることだろう。
そんな叱責混じりの苦笑はしかし、頭を駆け回る彼女の金色の影によって直ぐに遮断された。
そんな自身に、彼は今度こそ口元を手で押さえた。
呆れからくる忍び笑いだ。
まさか自分が、こんな青春の頃のこそばゆい気持ちを再体験することになるとは考えもしなかったからだ。
病だな、と彼は一人呟く。そうだ、病にかかっている。
医者でも、薬でも治せないあの病に。
だってこんなにも思うのは彼女のことばかりなのだから。
持て余した甘ったるい感情はそのままに、男はまた時計に目線をやる。
やはりほとんど時は進んでいなかった。
腕を組み、さてどうしたものかと彼が思案を巡らせようとしたその瞬間。
下方向から不機嫌そうなメゾソプラノが聞えた。
「…………おいっ」
何かと思い男は顔をその声がした方、つまり下を見る。
すると、不躾なまでに彼を睨み付ける金色と視線が交錯した。
その主である彼女は、いわゆる美少女だった。
黒いふわりとしたスカートと、デニムの上着が可愛らしい。
長い金色の髪は、ふわりと背中に流されている。
一瞬、誰だか分からなくて男は茫然として、だかすぐに待ち人その人であると理解した。
そしていつもの彼女とはまったく逆の姿に、驚愕とこそばゆさを覚える。
まるで別人ではないかと。
しかし、その顔をよくよく見ると、彼女は、声色から想像できる通り、不機嫌そうな顔をしている。それはいつもと同じ、見慣れたもの。
彼女の、愛しくてたまらない生意気さそのものだった。
せっかく可愛い格好をしているのに、もう少しどうにかならないのか君は。
そう思わずにはいられない。
だが、それがらしいと言えばらしくて、彼は思わず苦笑を洩らしてしまった。
「な、なんだよ。何、笑ってんだよ!」
「……いや、別に」
言いながらもなんだか愉快な気持ちは収まらず、なかなか笑いは止まらない。
だが彼とは逆に相手の機嫌は急降下していく。
「だぁぁぁぁぁ!笑うな!!」
「笑ってないさ」
「嘘付け!」
「私が君に嘘をついたことがあるか?」
「大アリだろーが」
「そうだったか?」
「そうだっつーの。
………つか、似合ってないなら似合ってないってはっきり言えっての」
ぽつりと呟かれたその言葉を、彼が聞き逃すはずがなかった。
彼女を見ると、だからこんなん着たくなかったんだ、オレは嫌だって言ったのにあいつが無理矢理、などとそっぽを向いてぶつぶつ言っている。あきらかにむっつり顔だ。
彼はまた自分を戒めた。なんたることだろう。
せっかく彼女が慣れない格好をしてきてくれたというのに。
まだ、大切なことが言えてないではないか。
「鋼の」
「………あぁ?」
見上げてくる顔は柄が悪い以外の何者でもない。
しかしそれすら愛しくて、可愛くて仕様がないのだ。
作ったものではなく、自然と笑顔がこぼれてくる。
「よく似合ってるな」
「だからっ。いい加減にっ!………へっ?」
固まったのは彼女だ。
きょとんとした蜂蜜の瞳と、ぽかんと開いた口からも茫然としているのが分かる。
しかしそれは瞬間のことで。
小さな顔が赤く染まったのはそれから直ぐのことだ。
「な、何、言っ…」
「よく似合っている。可愛いな」
「だ、だからっ。バレバレだってば!」
「本当だ。さっきから言ってるだろう?私は嘘をつかないと」
「だからそれ自体がもう既に嘘じゃねーか」
「それは心外だな。私はそこまで信用がないか?」
「自分の胸に手を当てて聞いてみろっての。
オレは、アンタ以上に嘘をつく人間なんか知らないね!」
言って、少女は盛大にまたふいっと顔をそらした。
しかし、まだ頬は赤いままだ。
男は、やれやれと息を吐いた。本当に素直じゃないな。
しかしそのひねくれた所こそ愛しいと思う自分は、よほど重症なのだろう。
「鋼の」
「………今度は何だよ」
じとりという視線の前。そこに、男は手のひらを差し出した。
何時までもここにいても仕方がない。今日は、これからが長いのだから。
「そろそろ、行こうか」
言われて、彼女は手のひらと男の顔を見比べる。
そして、彼の行動の意味に気がついたらしかった。
僅かな時間、手の方を凝視して、それからごくりと喉を鳴らす。
顔は真っ赤だった。だが覚悟をしたかのように歯を食いしばると、そろそろと、自らの手を男のそれに重ねようとした。
目があって。その瞬間、彼女は動きをぴたりと止めた。
「…………い、行くぞっ」
そして、そのまま男の脇をずかずかと通り過ぎる。
その姿を彼は呆気にとられながら見た。だがすぐに苦笑する。
どうやら、彼女はエスコートを許してくれないらしい。
まだ拗ねているのだろうか。でも帰らない所を見ると、怒ってはいないらしい。
もしかしたら照れているだけかもしれない。あるいは恥ずかしがっているのか。
どちらにせよ挽回のチャンスは与えてくれてるようだ。
ならば、さっさと彼女を追いかけるのが得策だろう。
男はずんずん小さくなる背中を見て、また苦笑した。
やはり一筋縄ではいかないな。しかし、持久戦はもとより覚悟の上だった。
男は歩き始める。
長くも愉快な一日が、今まさに始まろうとしていた。
相方錐野への誕生日プレゼント第二段。
リクエストは『ロイエド!』でした。
携帯の保存メールに書きかけで一年以上眠っていたブツ(管理人は携帯でテキスト書きます)
「気持ち悪く」を目標に書きました。とりあえず目標は達成できたかと!(え)
|