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奏
随分と久しぶりに訪れた中央駅は、相変わらずの様子だった。
雑踏によって澱んだ空気も、人の話し声や汽車の稼働音などが混じりあった特有の喧騒も、昔とまるで変化がない。
しかしそれは一見そう見えるだけで、本当は違うのであろう。
変化がないというのは私の主観的な感想であって、真実ではない。
変化をしないものなど、この世界には存在しえないのだから。
そしておおよそ、真実などという輩は、そう簡単に見えるものではない。
それは経験からくる実感だ。いや、物事の本質こそ、見にくいものいうべきか。
だからこそ、確信を持って言える。ここはきっと以前とは違うのだと。
しかしそうは言うものの、私の目でその変化を見つけることは残念ながら、できなかった。
駅構内は相変わらず煩かったし、空気だって以前と同じ、淀んでいる。
所詮、私の感受性なんてこの程度のものだ。
そんな変化を感じ取れるなら、軍人なんて職業をやっていないだろう。
以前といえば。最後にここに来たのはいつだっただろう。
なんともなしにそんなことを考えてみる。
もしかしたら、東から赴任してきた時かもしれない。
あの時の私は野心に、正確には復讐心も混在するそれに溢れていた。
今の私はどうだろう。あの頃の私とはどこか違うのだろうか。
変わった、と言われたりするのだから、きっとそうなのだろう。
私自身がそれを自覚しているわけではないが。
だが、人は変わるものだ。私はそれを認めざるをえなかった。
少なくとも、私は、人が変わっていくその様を、成長と言う名の変化を、見てきたからだ。
私は、前を歩く背中を見た。
人込みに埋もれそうになりながらも、しかしその中でも決して見失わない程、強い金色が揺れている。
ほんの少女。彼女は私の部下だ。正確には、部下だった。
先程、国家資格の返還が受理され、これから家族が待つ故郷へと帰っていく所だ。
彼女を駅に送ってやるついでに、私はその見送りをする所であった。
めずらしく定時で仕事が終わったために、私は私服を着ている。
対称的に、彼女はいつもと同じ格好をしていた。
背中から見た赤いコートが少しだけ眩しさを感じる。
私に変化を教えてくれたのは、この子だった。
いや、正確にはそれは成長というものだった。
淀みなく力強く、進んでゆく外見は、同年代の少女達と変わらない。
寧ろ小さく見えるほどだ。
しかし彼女は、子供と呼ぶには余りに成熟しすぎていた。
精神的な面に置いて、この子は既に大人のそれだった。
さまざまな経験と消せない過去が、僅か17に満たない少女をそうさせてしまった。
そして、その原因の一端を作ったのは他でもない、この私だ。
時々、考えることがある。
この子を軍属にしてよかったのだろうかと。
だがその答えは無いのだし、考えた所でどうなるわけでもない。
私は、過去の自身の判断に責任を持つことしかできないのだ。
例え、選択をしたのがこの子自身であったとしても。
それでも誘ったのは私であって、この世界に導いたのが私であることに変わりはない。
だからこそ私はこの子とその弟を庇護し、進むべき道を照らしてやる義務があった。
困った時に手を差し伸べてあげなければならなかった。
それは最初、もしかしたら、親心めいたものだったかもしれない。
兄が弟妹に向けるものに近かったのかもしれない。
しかし今となっては、それだけで全てが片付けられる感情でも無いような気がする。
私はこの子に対する感情の名を、断言することがうまくできないのだ。
それがどんな意味を持つのかも、わからない。
いや、分からないふりをしている。
それに気付いてしまったら、私はきっと戻れないだろう。
それがたまらなく、恐かったからだ。
私が私のままでいられる自信が無かったといってもいいかもしれない。
それは大人としての矜恃の問題だ。
しかし、それが何になるのかと問われたら、何も返せないのもまた事実だった。
私は、この子に、何を思う?
答えはでない。
そんなことを考えた時。
一瞬、小さな背中を見失った気がして我に返った。
しかし直ぐに、濃い金色の髪が、真っ赤なコートが視界に飛び込んできて人知れず胸を撫で下ろす。
そして次に、自嘲した。私は何をしているのだと。
あの子が目に見えない所に行くのを恐れているとでも?
そんな馬鹿な。ありえない話だ。
しかし否定しようとも、ひやりとしたものが腹の中に在るような感覚は不思議と消えなかった。
それを誤魔化すように、歩みを意図的に速くする。
別れは、近いのだ。
プラットホームには、東へ向かう汽車はまだ入っていなかった。
そのことに文句を言いながらも、あの子は笑っていた。
故郷に帰るのが嬉しいのだろう。今度は一時的な帰郷ではないのだ。
私は、それに皮肉と嫌味でもって返す。長年の習慣だった。
最期だからといって、急に変わるものではない。
とりとめのない会話をしながら、私の内心はしかし普段のそれとは違っていた。
ざわざわとして、先程感じた冷たい物体が段々と大きく重くなってゆくのを感じる。
私は、つとめて冷静な顔をそれでもしていた。
しかしうまく笑えなかった。
精神だけではなくその姿も、初めて逢った時からは大人になり始めたこの少女をただ見ることしかできなかった。
くるくるとよく変わる表情や、瞳を見ることしか出来ずにいた。
きっとこれからもこの子は、こうやって大きくなってゆくのだろう。
私の目が届かない所で、見えないところで大人に近づいてゆくのだろう。
穏やかな故郷で、暖かい家族に囲まれながら少しづつ、だが確実に。
それはこの子にとって、なんて素晴らしいことだろう。
どれほど、幸せなことだろうか。
これからのこの子に、私の庇護は必要は無いのだ。
私が手を引く必要は無いのだ。
もうこの先の未来で、私たちの道が交わることはない。
決して、交わってはいけないのだ。
ならば、私は、最期のこの時、この子に、何ができるのだろうか。
何をしてあげられるのだろう。
いや、違う。
何を、伝えられるというのだろう。
考えても考えても、その答えはやはり出なかった。
なんだろうか。私は、何を、伝えたいのだろう。
しばらくして。
構内アナウンスとともに私たちの立つホームへと東に向かう汽車が入ってくる。
定刻寸前の時間だった。
彼女は、置いていた荷物を掴むと笑って告げる。
じゃあな。それはいつもの別れと何ら変わりはしなかった。
ただ一つ違うのは、それを告げる顔がいつもの仏頂面ではなくて、鮮やかすぎる笑顔ということだ。
私は、それにうまく答えることができなかった。
曖昧に返事はしたものの、何も言えなかった。
じゃあ、と同じように別れを告げるのは違う気がしたからだ。
私はそれに変わる言葉を、本当に伝えたい言葉を必死で探していた。
それはきっと、この子がこれから大人になってゆく季節が、時が、どうか幸福なものでありますようにという祈りさえ近い感情からくるものだ。
それ以外の感情ではない。
先程から腹に留まる冷たい何かの、元になるそれを、伝えることは許されない。
第一、私自身それが何なのかがわからないのだ。
それをどうやって伝えるというのだろう。
その時だった。
突然、不意に、発車ベルが鳴り響く。
笑顔のままのあの子は私に背を向ける。
その背中が遠さがって、私の手の届かない所へと離れてゆく。
二度と、届かない所へと。
私は、呼び止めた。夢中だった。
何も考えられなくて、必死だった。
このまま何も伝えられないまま、この子と別れたくないと、ただそれだけで。
私は抱き締めていた。
小さくて細くて、だけど眩しくて強いその存在をただ、逃さないように。
そして、唐突に理解した。
私が本当に伝えたいこと、そして感情を。
この子を守りたかった。これまでも今までも、そしてこれから先もずっと。
例えこの子がどこにいたとしても、遥か離れていたとしても私は、私は守りたい。
危なっかしくて生意気で、でも無償にひたすらに愛しい、この子を。
それだけを考えていた私は、上着が僅かに掴まれる感触に我に返った。
その瞬間、自分が何をしていたのかを悟る。
だが、自我を取り戻す感触を、与えてきたそのものの正体に気付いて私は言葉を失った。
それは、彼女の手は、僅かばかりの力で上着を掴んでいる。
私は何も言えなくなって、ただ抱き締める力を強くすることしかできなかった。
汽車が去った後のプラットホームに、私は今立っている。
何ともなしに考えるのは、こうして駅のホームに立つのは久しぶりだということだった。
こちらに赴任してきた時以来だろう。
ホームはあの時と変わらずに、構内と同じで埃が飛び、喧騒はやまない。
あれから、私は変わったのだろうか。変わったのだろう。
それはあの子も同じで、変わらないものない。
私があの子と出会ったことで変わったように。
あの子が私と逢って、変わったように。
私たちは、そうやって変化し続けるのだ。
結局、私は最期まで何も伝えることができなかった。
何も言えなかった。あの子の気持ちもわからないままだ。
きっとこれから先も、ずっとそうだろう。
出会うことすらないだろう。
ただ、それでも私は、これからもあの子を思う。
言えなかった気持ちを、抑えきれないだろう想いを、風に乗せて空に預けてあの小さな町へ届けるのだ。
例え誰も気付かなくても、届かなくても。
私は、君を、守っていると伝え続けよう。
もう二度と逢うことはなくても、どこにいたとしても、繋がっているのだと歌い続けよう。
私は、笑った。
あの子が乗った汽車はもう、見えない。
表題どおりスキマの同名曲が元ネタ。長年書きたかったモノだったり。
歌よりも悲恋臭いのはご愛嬌(おい)
このマスタングはエドを追っかけないと思いますので、エドがいつか会いにくるといいです。
そしてなし崩し的にくっついちゃばいいよ!
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