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私とワルツを
「踊らないのか」
返事が無かったことを訝しんだのか、ロイは再び同じことを繰り返した。
告げられたそれに反応して、ちらりとエドワードは彼を見やる。
しかし、髪や瞳と揃いの色彩を持つ、上質のスーツに身を包んだ男の表情。
それは逆光のために伺うことは出来なかった。
どことなく気に入らず、視線を手元のグラスに戻してからエドワードは、口を開く。
「興味、無いし」
はっきりと、言い切った。それは嘘ではない。真実だ。
ダンスは嫌いではないが、知らない男と踊って何が楽しいのか。
常々そう考えているのがエドワードだ。
ロイがやや驚いたのを気配で感じ取りながら、彼女は少しだけグラスを傾ける。
爽やかな香と、気泡の弾ける感触が口に広がった。
しかし生温いその液体は、余り美味とは呼べるものではない。
思わず、エドワードが僅かに眉をしかめるのと、ロイが息を零したのはほぼ同じだった。
「……なんだね、それは」
若い花が言うことか。やれやれと言わんばかりに、わざとらしくまた息を吐く。
しかし、直ぐに苦笑を零した。まあ、君らしいといえば君らしいな。
そうロイは続けた。それにエドワードは睨み付けるような視線を送ることで答える。
が、この男がそれを恐れることはありえない。
彼女のこんな表情に、逆に愛らしさを覚える程だ。
だから、その金色の視線に微笑でもって答えた。
それを訝しんだエドワードは、思わず口を開く。
「な、なんだよっ」
「いや、ね。………可愛いと思って」
「………はぁあ?」
本音を告げたロイに、返ってきたのは不快であったとも取れる声であった。
エドワードは続ける。熱でもあんじゃねーの。
そう言って、彼女は再びグラスを傾けた。その頬は、ほんのり紅い。
シャンパンにでも酔ったのだろうか。
いや、そうではないことをロイは知っていた。賛辞に弱い子なのだ。
言葉は捻くれてはいるものの、その分反応は素直に出てしまう。
大貴族エルリック直系の血を引くとはいえ、上辺だけで付き合いをするこの社交界には向かない性格だ。色々、誤解も多かろうに。
だから、適齢期とはいえ未だに浮いた話も無いのだろうか。
彼女自身、この社交界をあまり好いてはいないように見える。
ああ、だが。ロイは、紅くなった頬を誤魔化すかのようにグラスを傾け続けるエドワードを見ながら考える。それはそれで好都合だ。
彼女に近寄る男を、彼女自身が遠ざけているのだから。
下らない男に彼女を取られる心配が無い。
しかしその打算的な考えに自嘲して、彼は静かに自らのグラスを傾けた。
そして、エドワードの姿をその黒陽石の瞳に捉え続ける。
いつからだろう。
彼女に、こんな甘ったるい感情を覚えたのは。
14も年下で、不躾で、愛想もない彼女に、興味を持ったのは。
その答えはきっと、彼自身の中にあるのだろう。
思考に耽ったからか。ロイはそれ以上何も云わなかった。
エドワードも、自身を見る視線に気付きながらも口を開くことはなかった。
彼女は彼女で、思うところがある。どうしてか先程から動悸が収まらない。
顔も熱いままだ。酔ったのだろうか。そんなことを考えていた。
互いの思想に集中した結果、二人の間には自然と沈黙が広がる。
それが長い時間なのか、短い時間かは解らない。しかし不快ではないのだ、決して。
どこか居心地のよささえ覚えるのは錯覚なのだろうか。二人は、動かない。
そのまま、時は流れていく。
その間に、室内楽団の奏でる曲は幾つか変っていった。
明るい曲から、暖かい曲。テンポの早い曲から遅い曲へと。
そして、一際ゆっくりな曲が流れ始める。
それは恋人達が身を寄せ合って踊るための曲だった。
甘やかな雰囲気が、部屋全体を包んでゆく。
しかし、壁に背を預ける二人の周りだけは、切り取られた空間の如く違っていた。
色で例えるならば桃色と白の違いであろうか。そして、静かなままであった。
「やはり、踊らないのか?」
そんな沈黙を破ったのは、ロイの言葉。
しかし、エドワードは顔を上げず、そして問いに対する答えもまた、しなかった。
ただ、揺れる水面をじっと見たまま、口を開く。
「………そう言うアンタは、踊らないのかよ」
質問に、質問で返す。だがロイはそれに驚く様子は見せない。
ただ、口端を僅かに上げるのみだ。その余裕がエドワードの癇に触った。
同時に、自らの言葉にどこか心がちくりとした。
何故そう感じたのかは、わからない。
彼女があからさまに眉をしかめたのを確認して、男は答える。
そうだな、今は踊る気にはならないな。そして、ゆるりとグラスを回す。
中の深紅の液体の薫りが、微かに辺りに広がった。
だが漆黒で彩られた男はそれを気に止める事無く続ける。
あぁ、だがしかし。
「……君となら、別だ」
踊らないか。君を、壁の花にするのは忍びない。
そう言って、自らの手を差し出した男に、驚いたのはエドワードであった。
一瞬、状況が掴めずにぱちくりと瞬きをする。
そして、自身に向かって差し出された手と、その手の主の顔を交互に見比べた。
すると、穏やかな笑顔がこちらを見ているのが分かる。
そこでやっと、置かれている立場を理解した。
つまり、ダンスの申し込みをされたのだ。自分は、この男に。
それに気が付いた瞬間。エドワードの顔は紅く染まった。
これを酔いであると誤魔化すには難しいだろう。
よく回るはずの優秀な頭脳はどうしたことか、まったく働かない。
代わりに、混乱ばかりが強くなってゆく。
若くして一代で財を成し、上流階級の仲間入りという成功を得たロイ・マスタング。
成り上がりと蔑まれながらもそれを歯牙にも掛けない男。
その存在が、昔からエドワードにはそれなりに興味のあるものであった。
実際に会ったのはもう何年前になるだろうか。
しかし、その時の印象ははっきりいって最悪であった。
軟派で、胡散臭くて、根性もひんまがっていて。とにかく気に食わなかった。
しかし、この国を変えてやろうという強い意志を感じる、男の烏色の瞳。
それだけは好ましく映ったものだ。
時代が変ろうとも、血統と権威だけに縋って生きようとする貴族連中よりも遥かにいい。
この男なら、本当に世界を引っ繰り返すかもしれないとさえ、どこかで思う程に。
いつからだろう。
この男と言葉を交わす時間が心地よくなったのは。
他の女と踊る姿を見ると、認めたくはない感情が流れ出るようになったのは。
あぁ、そんなこと本当は気付きたくなかったのに。
そんなこと、考えたくもなかった。
まさか、自分が、この男に、なんてそんなこと。
しかし、驚きで固まった自身の体にはその認めたくはない感情がじわじわと広がってゆく。
心臓の音がやけにうるさい。緩やかなで甘い調べは、どこか遠くに聞こえた。
こくり、と喉を鳴らす。乾いたそこから、言葉はとても出そうに無い。
しかし、ロイは返事を急かすことはしなかった。
ただ、じっとこちらを見つめるだけだ。
エドワードの言葉を、行動を待っているのだ。
それが嬉しかったとは、言わないけれど。
彼女は思い切ってグラスの液体を、未だ残る混乱と共に一気に飲み下す。
乾いた喉に、僅かな刺激を伴ってそれは落ちて行った。
息を一つ吐く。壁に預けた背中を起こして、エドワードは、口を開いた。
琥珀色の視線は逸らして、告げる。
「……今回だけ…」
その顔は、染まったまま。
「……今回、だけ、だからなっ……!」
ぼそぼそと、聞き取るのがやっとの声。
そして、エドワードはおずおずとその手を伸ばし、ロイのそれに重ねた。
ロイは一瞬驚きを見せる。しかし、直ぐに苦笑をした。
「そうなのか?」
「……当たり、前だろ」
「それは残念。……君は私に、今年の社交期はもう踊るなと言うのかね」
「はっ?」
どーゆー意味だよ、ソレ。
わからなくて、エドワードは思わず声を出す。
すると、ロイは笑った後、近寄ってきた。
突然の接近に驚く間もなく、呆然とした彼女に、身を屈めて耳元で囁くようにこう告げた。
「……私は、君以外と踊る気は無いということさ」
そして、完璧たる笑顔を彼女に向ける。
至近距離で見せ付けられたそれと、愛の告白めいた言葉。
思わず固まったエドワードであったが、直ぐにその意を理解したのだろう。
証拠に、顔はそれまでよりも紅くなった。
しかし、素直とは言い難いのが彼女である。
固まったままの視線を盛大に逸らし、そして、言う。
「………バカじゃねーの」
完全否定とも取れる言葉。
しかし、彼女の小さな手はロイのそれに乗せられたままだ。
だから、ダンスを拒否しているわけではないのだ。
まったく、素直ではない。ロイは胸中で零した。
しかし、こんな所が彼女が彼女たる所以なのだろう。
エドワードが素直な娘であったなら、自身は興味など持たなかったはずだ。
あまつさえ好意など、覚えることは無かったろう。
そう、これほどまでに自分が溺れることも。
ロイは、笑った。自身に対する苦笑、というのが正しいかもしれない。
(そう、君の言うとおりだ。私はバカだ。バカでいい。
惚れた女に対して男は皆そうなのだから)
一つ息を吐いて。ロイはまたエドワードを見た。
そして、告げる。では、行こうか。
それに対しての返事は吐き捨てるようなものだった。
「……けっ」
今度こそ苦笑して。ロイは彼女の手に一度自らの唇を当てた。
そして、律儀にもそれに動揺する若き想い人をホールの中心へと導いてゆく。
奏でられる円舞曲は緩やかに、穏やかに、甘やかに。
まだ当分の間続きそうであった。
錐野さんへのキリリクで『大豆』。確か5600打だったかと。
うわっ超放置してた、自分!(失笑)
いい加減書かないとなーでも何書けばいいのかわかんないなーとうだうだ考えて、思いついた。
「あ、エドウィン連載からずるっと設定パクったらいいじゃん」(最低だ!)
書いてみたら楽しくてうっかり長編に。
コレ書いてる暇があったら連載書けたんじゃないのという指摘はいっそスルーで!(にこっ)
何気に大豆で初の女体化作品。
ともかく、錐野っちリクありがとね〜。愛してるよ!(大嘘)
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