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TAO
小さな島の中を、風はゆっくりと走っていく。
その風に乗って沢山の花びらが、紺碧の空へと昇る。
風は、いつかは海まで届くのだろうか。
海側に面した別荘の、小さい庭の中。
その低い樹は存在を主張するかのように沢山の花を咲かせている。
薄紅の花びら内の一つが、『彼』の漆黒色の帽子に降り立ったのは偶然だった。
気付いて、ひょいとそれを摘み取る。
早春を彩るアーモンドの花は小さく淡い。
「こんな所にいたのか」
かけられた言葉に振り返りもせず、『彼』は答えた。
「いたら悪いか」
「そーゆー訳じゃないさ。
ただ、お前がぼーっとしてるなんて珍しいこともあるもんだなーと思って」
苦笑しながら現れたのは、男だ。
空に浮かぶ雲のような白いスーツが、少し眩しい。
栗色の髪が、早春の光を受けてきらきらと輝いている。
「どこでなにしようと俺の勝手だろ。
テメェにどうこう言われる筋合いはねぇ」
にこりともせずに発せられた言葉だったが、しかし男は楽しそうに笑った。
そりゃそうだけど。
だったら言うなと目線で告げると、やはり男は笑顔のままで両手を胸の前に出して見せた。
分かった、分かったからその腰のモノを抜かないでくれという意志だった。
『彼』は一度舌打ちをすると、相棒にかけていた手を外した。
そうしてから、男が冗談めかして胸をなで下ろすのを尻目に、視線を上げる。
広がる空には、相変わらず沢山アーモンドの小さな花。
ひらひら、ひらひらと、踊るように蒼色の中に融けていく。
「………キレイだな」
男がぽつりと言った。
それは春の風に乗って『彼』の耳へと届く。
「あぁ」
「もーすぐ、春だな」
「ああ。もう直ぐ、な」
「………もーすぐ、なんだよなぁ」
男が今度は独り言のように言う。
『彼』は今度は何も答えなかった。
アーモンドの香りがむせかえるようだ。
それがどこかこの瞬間を現実から離れた所に追いやっている気がする。
まるでなにか、朧気な夢の中にいるかのような。
しかし、頬を擦る冷たい風が、そのまやかしが幻であることを証明する。
『彼』はまた無表情のまま口を開く。
「準備はもう終わったのか」
「あ、うん。だいたい」
答えた男の声は、あっけらかんとしたものだった。
「大した荷物じゃないし。
みんなはさ、もっと、こー、らしいってのがあるだろってうるさいけど。
俺、てきとーに暮らせたら、別にそれでいいし」
そうしてへらっと笑う。
こんな顔を人前で見せるのは、少し前の男ならばありえないことだった。
『彼』とて随分と久しぶりに目にした気がする。
今まで気を張っていたということなのだろうか。
男に、そうあるように仕向けたのは『彼』であった。
それは全ての責任と力と命を預かるという道を歩くためには必要なことであったからだ。
しかし普通に考えれば、それは非情であり尋常ではないこと。
だが、そのもはや過去に近しい事実に対して。
『彼』は何かの感情を抱くことは意識下に置いては一度たりともいなかった。
確かにやらせたのは『彼』だ。
だが、最初にこの道を選び、そうあることを最終的に望んだのは男だった。
勝手な感傷や見当違いな罪悪感を抱くことは、その決意に対して侮辱にしかならない。
もしも、万が一、到底有り得ないことだが。
『彼』が何かを口にしたなら、男はきっと怒るだろう。
あるいは、君は悪くないと寂しそうに真っ直ぐな瞳を彼に向けるだろうか。
それが分かり切ってるのに、そんな馬鹿らしいことがどうしてできるだろう。
そんな薄っぺらいことで彼らを語ることが、どれほど意味のないことだろう。
まったく反吐が出る。彼らの関係は、そんな単純なものではないはずだ。
もっと汚くて滅茶苦茶で醜くて。
そしてどんな言葉を用いても語りきれない輝きに満ちた日々の中で築いた腐れ縁。
ああ、でも、それも直ぐに。
「………俺、もうボスじゃないんだからさ」
終わらない日々はない。止まらない時もない。
この心地よい関係にも、同じことが言えるのか。
一際強い風が吹いて、『彼』の小さな手のひらの中にあった花びらを奪っていく。
舞い上がる薄桃は直ぐに空に溶けていってしまう。
ふと見上げると、男の瞳が遠くを見ていることが分かった。
昔は『彼』より低い位置にあったその視線が、今のように変わってしまったのはつい最近のような気がする。
しかし同時に『彼』と男が生きる、時の速さが変わってしまったあの日は、遠い過去のような気もする。
「なぁ、リボーン」
男が『彼』の名を呼んだ。何千回何万回と呼ばれた名前だ。
「……なんだ」
『彼』は答えた。
これも何千回何万回と繰り返した行為だった。
男は、一度息を吐いてから決心したようにまた口を開く。
「あのさ、俺、やっぱ、逃げた気がする。
………お前達のことから」
『彼』はしばらくの沈黙の後。
腹の底から込み上げてくる何かを抑えるように。
あえて冷静であるかのように、静かに言った。
「それはどういう意味だ」
だが、『彼』の本心を察せられるはずの男は、その表情を変えることもない。
ただ淡々と、風に舞うアーモンドの花びらを見つめたままだ。
「お前が、お前達が、その姿になったのは、俺の所為なのに。
俺が、みんな悪いのに。俺、まだ何にもできてない。
何にもしていないのに、なのに、ここから」
「ふざけんな」
遮られた声に、男がゆっくりと隣に立つ赤子を見た。
だが、目深に被った黒帽子のために、その表情を伺うことは出来ない。
「テメエの所為?テメエが全部悪い?
はっ。お前、何様のつもりだ」
「なっ……リボーン、俺は」
「思い上がるんじゃねぇ」
「そうじゃなくて、俺は、ただ」
「俺達がこうなったのは自分で選んだからだ。
こうなることを、自分で決めたからだ。
それを横からぐたぐだ言うってのか?」
「それは……でも」
「これは、俺たちの責任だ。
お前にどうこう言う資格は無い。わかったな」
赤ん坊では有り得ない迫力と威圧に、男が息を飲んだ。
それを見て、『彼』は舌打ちをする。
これは、決して譲れない問題であった。
言葉に嘘はない。本心からのものだ。
だが、それ以上に、男に下らない感情を抱かれることが不快だった。
降りかかった呪い。
いや覚悟して、決意して受け入れたこの体。
その決断に、例えこの男とはいえ。
いや、この男だからこそ、こんな下らないことを言われたくなかった。
矜持を、汚されたくなかった。
ああ、それはきっと。
男に対して今まで何も言わなかったこと、何も感じようとしなかったことと同じだ。
男の決意に対して、何も言わなかったのは。
何かを考えようとしなかったのは、自身に置き換えた時、そうされたくなかったから。
ただそれだけに過ぎない。
この呪われた身となって、初めてわかったことだ。
決意したのは自分。
それに何かを言われたくないのは、『彼』自身。
余計な感情を、相手に抱せたくないのも『彼』自身。
きっと、それだけなのだ。
男を見上げると、眉毛が情けなく下がっていた。
バツが悪いような、そんな顔だ。しかし納得をしているような様子は無い。
それが、男の甘さにもよく似た優しさであることに、『彼』は気づいていた。
昔から優しい奴だった。本来なら、こんな世界が似合わない人間だった。
だが、それももうすぐ終わる。
春になったら、男は終の住処と決めた海の向こうへと旅立つのだ。
『彼』は、舞う花びらを見上げた。もう春はすぐそこだ。
「………お前は、よくやったよ。十分すぎるくらい、な」
驚いたように、男が彼を見る。彼は口端を上げて、にたりと笑った。
男はしばらく言葉を失っていたが、やがて困ったような笑顔を見せる。
「………お前に誉められたの、初めてだ」
「おう、超レアだぞ」
「まったくだよ」
言いながら、男はけらけらと楽しそうに笑って見せた。
「…………なぁ、リボーン」
「なんだ」
「でも、俺。やっぱ諦めないよ」
不意に変わった声の調子を訝しんで、『彼』は視線を上げる。
すると、今さっきまで遠くを見ていた男の視線が、こちらに注がれていることを知覚する。
「諦めない。お前の、お前達のこと、絶対に。
いつか、きっと、どうにかするから。あんなもん絶対解いてみせるから。
俺は………ボンゴレは、お前達を忘れない」
アーモンドの香りに酔いそうだ。
これは現実なのかはたまた夢や虚構なのかわからない。
冬と春の狭間の世界で、逆光のためか、あるいは高さが違いすぎるためか。
男の表情を伺うことがうまく出来なかった。
ただ、痛いくらいに真っ直ぐな瞳だけは分かる。
大空のように碧く澄んで、しかし威圧感を持って輝くその光の強さだけは。
「………お前を、絶対に」
冗談だと笑い飛ばすことは出来なかった。
そうするにはあまりに真っ直ぐ過ぎた。
そんなこと不可能であると、一番理解しているのはこの男であるのに。
手段など無いと、一番分かっているのはこの男だと言うのに。
それでもこの男は望むというのか。
それでも、決意したと言うのか。
『彼』は口を開くことを一瞬、忘れた。
男の決意を汚すことなど、出来ない。
それが分かっていて、言っているのだろう。
まったく根性だけは悪くなりやがって。
『彼』は舌打ちをする。そして。
「………偉そーなこと、いってんじゃねぇよ」
「へっ?」
うまく聞き取れずに、男が頭を傾げた時だった。
その脚がしたたかに蹴られたのは。
不意の痛みに、男は思わず息を殺してそれに耐えようとする。
「いっ………!?お、おまっなにすんだよ!」
「うっせえ。帰んぞ」
「はあっ?…………って。ちょっ、待てよ!」
男の声も虚しく、赤ん坊はすたすたと歩いてゆく。
その被る帽子に、また小さな花びらが舞い降りては風に乗って空へと上っていく。
いつかは遠い海原へと風は流れていくのだろう。
随分と先を行く親友の小さな、しかし威厳に満ちた背中を見て。
男はまたへらっと笑った。
*
「何、ぼーっとしてんだよ」
かけられた声にリボーンは視線だけを向ける。
自らの視線よりも少し下にある青年は、訝しそうな顔を向けていた。
いつかの男によく似た面差しだが、こちらの方が少し間抜けな感じがする。
十代目に就任したからといって、生来の気質がそうそう変わるわけもないのだろう。
相変わらず阿呆面だな。思わずまじまじと見てしまった。
「な、何だよっ」
中学生の頃からの経験からか。
睨まれると、恐怖を感じるらしい。
青年が、明らかに怯えたのが分かった。
この頼りない男が、何十年も誰も解けなかった呪いを打ち破ったことが嘘みたいに思える。
しかし、それは紛れもない現実だ。
あるいはその身に流れる血がそうさせたのか。
いや、そんな繊細なものを持っている奴ではないか。
しかしそうは言っても。
(コイツはひょっとしたらお前よりとんでもねぇかもしんないぞ、友よ)
彼は眼を瞑って、帽子のつばを動かした。
とりあえずこれからの人生、面白いことに違いはない。
彼は、隣に立つ青年に気付かれないように、小さく笑ってから口を開いた。
「何でもねぇ。………行くぞ、ダメツナ」
「はっ?なんか意味わかんないぞお前……っておいっ」
リボーンはいつかと同じように、すたすたと歩き出す。
おいてかれたのはいつかと同じで、彼の友だった。
痛いくらいに真っ直ぐな優しさと強さを持ち、空のように澄んだ瞳をした、大切な友であった。
春特有の暖かな風が、沢山の薄桃色の花びらを虚空へ踊り上がる。
そのうちのひとひらが、道を歩く彼の帽子に乗ったのは偶然であった。
気が付いてつまみ上げると、桜の花びらは昔見たアーモンドのそれよりも少し大きい。
リボーンは、そっとその花びらを空へと放った。
薄い桃色のかけらは、風の中ですぐに他のものと混じって分からなくなる。
彼はまた笑った。なんだかひどくそうしたい気分だ。
相方、錐野っちへの2008年バースデー捧げ物。超捏造過去話。
「アルコバレーノの呪いはきっとプリーモに関係あるって!」と主張する彼女の言葉から色々飛躍的捏造。
Do/As/Infinityの同名曲をモチーフにしています。
卒業旅行バス移動中、あまりに暇だったので色々考えた成果、
のわりに書き進めるたびに当初の予定からずれて行きました(遠い目)
ところでリクは「リボツナ!」だったんですが。
正直プロット考えた段階から「これカプじゃねーなー……」と思ってたのは気のせいと信じたいです(え)
とりあえず錐野さん誕生日おめでとー!!
誕生日より二週間以上前アップ(3月21日が誕生日なのに現在3月4日)です。
超フライングだけど受け取ってね(きゅるん☆)(ウインク)
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