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召喚
護衛兵が開けた扉の奥には、華々しく煌びやかな空間が広がっていた。
しかし、何代も前から古く伝えられているためであろうか。
本来そこをさらに彩るはずの調度品や芸術の数々は、逆に部屋を実直で落ち着いたものと見せる役割を果たしている。
部屋の雰囲気はその部屋の主を反映するものというが、華やかさと素朴さ。
二つを兼ね備えたこの部屋は確かに、ここの主によくあっている。
そう、エドワードは足をこの部屋に踏み入れるたびに思った。
そんな思考と共に、彼が厚い絨毯の上を進んで辿り着いた部屋の最奥。
そこには数人の侍女に囲まれ、猫脚の椅子に腰を掛けた娘がいた。
身に纏うドレスは、普段着で簡素とはいえ彼女の特別さを感じさせる。
また金色の髪の上に乗った輝くティアラは実際に彼女が特別であることの証、つまりは身分を示していた。
この王国の王家の者しか身につけることを許されないそれを頭に乗せた存在。
第一王位継承者として、国の未来を司る存在。
そう、彼女は王国でただ一人の姫君であり、現女王の血を直接に唯一受け継ぐ者であった。
そして、職務時間中のエドワードを呼び出した張本人でもある。
騎士団長である少年の存在を確認すると、姫君は安堵と喜びが混ざった本来の年頃に相応しい表情を浮かべた。
だがそれもほんの一瞬のことで、彼女はすぐに姫として臣下と対峙するための表情を作り出す。
ちらりとその様子を確認した後、エドワードは許されるギリギリの範囲まで姫に近づくと膝を付き、頭を垂れて告げた。
「………お呼び出しによりただ今参上いたしました。」
明らかに感情を込めず、不機嫌さまで感じられる程の参上の挨拶を、姫が咎めることはなかった。
それは、彼のこんな態度は常なることであるのがまず第一の理由である。
そしてそれ以上に。
周りに侍女がいるこの状況で彼を叱り飛ばすことができなかったということが大きい。
「お仕事中すみません、エドワード」
「………いえ、別に。それより、ご用件とはいったい何でしょうか」
「あぁ、そのことでしたら………」
言いかけて、姫はぐるりと辺りを見回した。
そして、人払いをするため自身の周りに控える侍女達に部屋の外に行くようにと命を下した。
騎士団長と姫君。
その二人以外誰もいなくなった部屋は自然と静寂に包まれる。
立ち上がって、本当に皆出ていったのかと確かめた後。
姫君はそれまで浮かべていた微笑をあっという間に崩して、跪いたままのエドワードを睨み付けた。
「……アンタ、何よその不機嫌丸出しの態度は」
エドワードは立ち上がると、同じように姫君を睨み付けて言葉を返す。
「関係ねーだろ。ってか人の仕事中に呼び付けといて第一声がソレかよ、お前!」
とても姫君に対しての臣下の言葉とは思えない。
だが、姫がそれを気にしているようには感じられない。
いや、そもそも彼女の言葉使い自体が既に姫としてのそれとは随分とかけ離れてしまっている。
「そ、それに関してはちゃんと謝ったじゃない!」
「アレが謝ったうちに入るかよ!」
「………わかったわよ。ごめんなさい、ごーめーんーなーさーいッ!」
「なっ……!?何だよソレ!謝るんならちゃんと謝れっつーの!!」
「うっさい!」
そこでふい、と顔を背けた姫に対してエドワードはふつふつと怒りを覚えるのを感じた。
だが同時にため息も出てくる。
せっかく呼び出しに答えて来てやったのにこれはないだろう。
いやしかし、呼び付けたおそらくの理由を考えると、彼女が冷静ではいられないのも無理ないのかもしれない。
それを忘れてこんな下らない言い合いをするとは。
情けなさすぎる、お互い。
そこまで考え、エドワードはふう、と本当にため息をついた。
そしてここは自らが折れるべきだろうと、視線を姫君から逸らし尋ねる。
「………んで、何の用だよお前」
「へっ?」
「だから、何の用かって聞いてんの」
そこでエドワードは視線を姫君へと戻す。
いつのまにか顔を元の向きに戻していた彼女と、視線がぶつかった。
「ほら、言えって」
「あ………うん。その、もしかしたら、もう聞いてるかもしれないけどね。あの、その……」
「……見合いのことか?」
エドワードの言葉に、姫はその大きな空色の瞳をさらに大きく見開く。
そして、やっぱり知ってたかと困ったような笑顔を浮かべた。
自分の予想がもしかしたら外れていればいい、とどこかで思っていたエドワードは、その答えに胸中で舌を打つ。
それでも、その愚鈍とした感情を表に出さないように彼は姫君に問いを続けた。
「んで。その見合いがどうしたんだよ?」
「あ、あのね。アンタはどう思うのかなーって」
今度は姫君ではなく、エドワードがその金色の瞳を見開いた。
彼女の質問の意が、よくわからない。
どう思うのか。
そんなことを聞いて、この主はどうしようというのだろうか。
「どうって………それはお前と陛下が決めることだろ。オレの考えが及ぶことじゃねぇよ」
若干の動揺と困惑を不覚にも表情に出しながら、エドワードは答えた。
しかし、その答えに姫君が満足をすることは無かった。
ぐい、と自身の体を乗り出してさらにエドワードに問いを続ける。
「それは、そうだけどッ!………それでも、聞きたいの」
エドがどう思うのか、そう続けながら姫君はまた顔を彼から背けた。
「………ねぇ。どう思う?」
「どうって……」
正直、姫君のこの質問はエドワードにとって予想外であった。
お見合いに関する姫君の相談。
それはどうせいつもの調子で“絶対にそんなことしたくないからどうすればいいのか考えろ”などといった類のものだと
彼はどこかで確信していた。
また自分が彼女のために面倒を被るのか。
そうとすら考えていたため、今まで自分は不機嫌であったと思っている。
いや、思いたかったのだ。
決して自分自身が押し込んでしまおうとしている感情からでは、ないと。
そんなものはとっくに覚悟していたと、思いたかった。
自らが想像していた姫の相談事。
それを面倒だとは思いつつも、
姫が自分をそんな風に頼ってくれることに、彼はどこかしらの満足と安心を感じていた。
だから、また何とかしてやる心積もりだったのである。
それなのに、彼女はこう聞いてきた。
どう思うのかと。
「オレは、悪い話じゃないと思う」
「……えっ」
「相手のことは色々噂で聞いたけどさ、結構な家柄じゃねーか。お前にはもったいないくらいだ」
「そう、だね…」
「それに。お前が結婚したら民が喜ぶし、陛下も何だかんだ言ってやっぱ安心するんじゃねーの?
………オレもさ、一臣下として喜ばしい限りってヤツだ」
自分の感情を押さえることに慣れすぎているためか、つらつら淀みなく出てくる自らの考えとやらに、エドワードは正直呆れていた。
あまつさえ、笑顔でそうだろ?と姫君に同意を求めさえする己の面の皮の厚さには反吐がでる。
本当は、そんな余裕などまったくないはずなのに。
そう。本当の考えは、違うはずだ。
だが、彼の口は臣下として相応しい意見のみを紡いでいく。
「だから、オレは……オレはこの見合いについてはいいとお」
「わかった」
「………ウィンリィ?」
唐突に告げられた了承の意に、エドワードは思わず姫の名を呼ぶ。
それが今日初めて彼女の名を呼んだ瞬間だったが、そんなことはまるで関係が無いように姫は声の様相を変えた。
「わかりました、エドワード。お仕事中に呼び立ててしまい、申し訳ありません」
「おい、ウィン…」
「もう、お仕事に戻って頂いて構いませんよ」
やんわりと、だがはっきり告げられた退室せよとの命に、驚いたようにエドワードは姫を見やる。
だが、彼の目に映ったのは、先程までの表情がよく変わる少女の姿ではなかった。
王位継承者として、王女として要求される相応しい姿。
静かな微笑を讃えた、彼が仕えるべき存在の姿そのものであった。
それに逆らう権利も、道理のどちらもエドワードは持ち得ていない。
そこで再び跪くと、失礼しますと退室の挨拶を簡単に述べ、彼は部屋を後にした。
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