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噂
まだ肌寒さが残る冬の終わり。
しかし一雨降るごとに山々に残る雪は溶け、森や林を吹き抜ける風には微かに、だが確かに緑の匂いを感じる。
冬将軍と春の女王が、共に降り立つそんな、季節。
それは大陸の東に位置するここリゼンブールも同じことであった。
古い時代から変わらぬ姿を保っている王城の長い廊下を、彼は歩いていた。
年の頃は十六、七だろうか。だが、真っすぐ自らが歩を進める先を射ぬく金の瞳。
それは本来、その年頃の少年持つはずのない鋭さを備えていた。
鉄格子がはめられた窓から零れ落ちる弱い光は、彼の強い金の髪と、身に付けた鎧の輝きを不思議とさらに際立たせている。
歩を進める度にかちりと揺れる、腰に下げた剣。
この国の紋章が施されたその剣は、彼が十六の時に騎士団長としての命を受け、女王から賜ったものであった。
わずか十七歳の騎士団長、その噂を耳にしたものは皆、始めは怪訝な顔をする。
だが、実際に彼の実力を目にした者は誰もが皆、唸らずにはいられなくなる。
“これが噂に聞こえしリゼンブールの鋼、か”と。
だが彼にとって、そのような他国の評判はどうでもいいもので、関心は皆無に等しかった。
ただ、自分に科せられた責任と職務。
そして女王からの期待に答え、国と民を守り抜くことが彼の唯一絶対の関心であり、全てであった。
だが。未だ黙々と歩き続ける彼を現在支配している感情。
それは、彼の責務とは若干、離れたところから形成されていた。
彼の額にくっきりと出た皺。それは明らかに、不機嫌であることを示すもの。
そう、彼は今、不機嫌である。
その理由は、まず第一に先程メイド達から耳にした噂。
それは信憑性があるとは言えないものであったが、彼の気分を害するには十分過ぎるものであった。
第二に、同じ噂を、彼が信頼する部下達から聞いたことである。
それはつまり、噂の信憑性が明らかに上がったということだ。
そして第三の理由。これが、決定的に彼の機嫌を損ねることになったのだが。
彼は、その噂の当事者から呼び出しを受けたのである。
めったなことでは職務中の呼び出しなどしない、彼女からの呼び出し。
それは、噂が真実であると証明しているようなものだ。
かくして、彼は呼び出しに答えるために廊下を歩いていた。
日頃から目付きが悪い、と咎められる彼の目は、今や悪いどころの問題では無かった。
彼とすれ違う人々は皆、視線を逸らして会釈をし、彼のために急いで道を開ける程である。
ただひたすらに歩みを続ける彼がようやく立ち止まったのは、城の中で最も美しく、豪華な部類に入る扉の前。
そして同時に、最も警備が厳重である部屋。
扉の前に立つ兵士達を睨み付けると、彼は扉の向こう側の人物にも聞こえるようにわざと大きな声で告げた。
「王国騎士団長のエドワード・エルリックだ。姫様からの命を受けて参上したと、伝えてもらいたい」
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