「あんたら、ばっかじゃないの?」


吹き抜ける風も爽やかな、高い高い空の下。
なんとものどかな田舎町の小さな丘の上、そこにあるこれまた小さな家の中で、外の穏やかな秋の風景を打ち破るような強烈な声が響いた。



「あーあー、くっだらないっ」

「くっだらないって、お前、これは重要な」

「そ、そうだよ。大事な問題じゃないか」

「大事?どこが?いったいどの辺が?」

「え、あ………そりゃ、なあ?」

「う、うん。ねぇ?」



兄弟は顔を見合わせてうなずきあう。
確かにどの辺りが大事なのかと聞かれたらそこはもう気分の問題、としか答えられないのだが、それで納得してくれそうには見えなかった。
彼女の目は剣呑にこちらを睨んでいて、もし「いやだからなんとなく気分の問題なんです」なんて答えようものなら、どんな目に合うかの想像はたやすい。



「ほら。どうなのよ。あたしが納得するように答えなさいよ。早く。
そろそろ限界、なんだけど……!」



というか、彼女は自分達がどう答えようと大した問題ではないのではないのだろう。
完全に怒っている。目が、据わっている。
だけど答えないのもまたそれに油を注いでいるのだろう。
組んだ腕にとんとんと指を高速で打ち付けている。
右足裏は高速で何度も地面をタカタカ打っていた。
いやこれはむしろ彼女の言うとおり「限界」を我慢しているからこそだろうか。



「や、それはだなぁ……気分ってか、なあ?」

「ね、ねぇ?」



不思議と背中に汗が垂れてくるのを兄弟揃って感じながら、また顔を見合わせる。
実はこの二人、ついさっきまでもめていたのだか、そんなことは嘘みたいだった。



「気分?気分ですってぇ?」



やや裏返った声と、妙な光を宿した青い瞳が変に怖く感じる。
兄弟は、ほぼ同時に体を彼女から少しだけ引いた。
そして、その判断は正しかった。



「………ふざけるんじゃないわよ!」



怒号一発。ひっ、と二人は揃ってびくっと体を硬直させた。
彼女の近くにいたままだったら恐怖と迫力に圧倒されて思わず涙が出てしまったかもしれない。あるいは彼女よりはまだ余裕があると思われる体の「限界」が少し破られてしまったかもしれなかった。



「あんた達のくっだらない理由にあたしは関係ないでしょうがっ!
 そういうのは後であたしのいない所で好きなだけやりなさいっ!
 人を巻き込むな人をっ。あたしはね、あたしは…………………」



そうしてわずかな沈黙があった。時間にすると一呼吸のあと。
花も恥じらうお年頃と巷ではいわれるカテゴリーに一応は属する彼女は、まなじりを限界まで上げきって兄弟を、見る。



「本当にもう、もらしそうなんだから!」



いっそ清々しいまでにその言葉は響いて、時が止まる。
今、彼女の年頃の女の子という意識はどこかに旅立っていた。
まして家族みたいとはいえ同年代の男子の前、むしろ曲がりなりにも「惚れた」男の前にいるという乙女的な恥じらいは、それはもうまったくこれっぽっちも姿も見えないくらい遠くにいってしまっていたのである。








一番のり!















なぜ彼女が乙女を捨ててしまったのか。
その原因はまあ兄弟にあるのだが、時間は少し前に戻る。



帰ってきたからには新しい家をたてるぜ!と鼻息荒く建設したエルリック家。
無事工事も終わり完成したその新居への、今日は引っ越しの日だった。
大きな荷物の運び入れを手伝ってくれた村の人達も帰り、細かいのはいつもの三人でと働き、だらだら荷物を片付けていた時だ。
ふと思い出して、トイレに行こうと腰を上げたエドワードに弟が先にいっていいかと声をかけた。なんでだと理由を聞くと「新しい家でなんとなく一番のりしたい」という些細なものだった。
エドワードにとって深く意識していたものではなくまあぶっちゃけどうでもいいことだった。
だった、のだが。
言われてみるとなんだか無償に意識してしまうのが彼であった。
考えてもいないくらい、本当はどうでもよいことなのにそれがとても大切なようなことに急に思えてくる。これを逃したら新築のトイレを一番のりする機会はまずないんじゃないかとも考え始めた。そんな貴重な体験を弟に譲るのはもったいないんじゃないかという意識も浮上する。
それには生来の負けず嫌いの気質だとか、あと単純になんとなく弟と張り合いたいという彼の様々な要素が作用したのだが、とりあえず結果的に。エドワードはこう思ったのだ。
オレだって一番のりでトイレ使いたい、と。
なので今まさにトイレの扉を開けようとする弟、アルフェンスを呼び止めた。
待て待てオレだって一番のりしたい。
だが、本来は穏やかな性格であるアルフォンスはその申し出をにべもなく断った。
えー最初にいいって言ったじゃないか。
至極まっとうな理由であり、それで彼の兄が諦める人間だったらこの話はそれで終わりのはずだった。だがそこは負けず嫌いで意地っ張りなエドワードだ。
いいじゃねーか兄貴に譲れお前弟だろなどと言い始める始末だ。
兄貴やら弟やら、これになんの関係があるんだとアルフォンスは思ったのだが、それはエドワードの理屈では昔から重要なポイントなのだ。おもちゃの取り合いお菓子の取り合い本の取り合いなどなど、あれこれの喧嘩の前には必ず登場する理論だった。
だがアルフォンスも、もちろんエドワードだってその頃よりは幾分か大人になっている。
それなのにまだこんなことを言い出すのかとアルフォンスは何か無性に腹が立った。
普段なら諦めて「兄さんは大人気ないんだから大人なボクがひいてあげないと」などと穏便に判断するのが彼なのだが、今回はそうならなかったのだ。
一番のりはそうそう出来るものじゃないのもその理由の大きなものだったが、あと単純にトイレを我慢していたので少し機嫌が悪かったのがある。
彼の言葉で言ってみると「ちょっとイライラしてるんだよねボク」がかなり影響していたのだ。



こうして兄弟喧嘩は始まったのだが。
じゃんけんはダメだお前がいっつも勝つから兄貴を敬えと兄が言うと、敬えっていっつもボク兄さんに譲ってるじゃないか色々、と弟は返す。
なんともくだらないと言えばそれまでなのだがやってる当人達は真剣そのものだった。
しかし何の関係もない人間にしてみたら甚だ迷惑であり馬鹿げていることである。
この場合、彼女がそうだった。
台所の辺りを細々と片づけていたウィンリィは、一段落がついたのでずっと我慢していたトイレへと足を向けた。
そこで目撃したのが件の兄弟喧嘩である。
何やってるんだと思いつつ、まあ彼らの喧嘩はいつものことなので、決着までそんなにかかんないだろうと思いしばし静観に徹した。
だが、それは五分経っても十分経っても終わる気配がない。
話を聞いてみても相手が譲らないのが悪いと言うばかりで埒があかない。
原因を聞いてみてもくだらない。
トイレの順番なんてどうだっていいじゃないか。一番なんて別に気にしなくても。
そもそもこんなトイレの順番争いなんてしてる、揉めている暇があったらどちらかが我慢してさっさと済ませた方が時間は早く済むはずだ。
自分としてはさっさとそうしてもらいたい。
だがそれを言うと、兄弟はそういう問題じゃない関係ないだろウィンリィには、などとふざけたことをぬかしてきた。
何の関係もないのに兄弟の馬鹿げた喧嘩に巻き込まれている彼女に向かって、だ。
彼女の限界だって近いのに。
ゆっくりと、だが確実にウィンリィの中で何かがぶちっと、切れたのはその時だった。








そして時間は今に戻る。
乙女にあるまじきセリフはしかしながらその分迫力は満点で、エドワードとアルフォンスは絶句した。揃ってぽかんと口を開けて、ウィンリィを呆然とみる。
しかし彼女は自分の言ったことに何も頓着する様子は見られなかった。
相変わらずまなじりは最大に上げながら、兄弟を睨んだ。



「……………どいて」

「う、ウィンリィさん?」

「う、ウィンリィ?」

「聞こえないの?そこをどけって言ってんのよ」

「う、ううんっ。あ、どうぞどうぞ!ね、兄さん!?」



アルフォンスはぶんぶんと手を振り急いでドアの前から飛び退いて兄に拒否のできない同意を求めた。わざとらしい笑顔だった。



「お、おうっ!」



エドワードも同じように反対側に飛び退いた。
こちらもむりやり作った笑顔だった。そんな2人をちらりと一瞥すると、ウィンリィはフンと鼻を鳴らしてトイレの中へと消えていく。
ドアを力強くいささか乱暴に閉める音は、小さな家には大きすぎるほどよく響いた。
兄弟はそれから少し無言でそれぞれ何か物思いにふけっていたが、やがて恐る恐る顔を見合わせる。



「…………兄さん。次トイレ行く?」

「いや………元々お前が先だから先、いってこいよ。な?」

「あー……じゃあそうしよっかなぁ、ははは……」

「そうしろそうしろ、あははは……」



そして二人は揃ってトイレのドアを見て、深く長く息を吐いた。
なんだか嫌な夢を見た気分だった。きっとしばらくは忘れたくても忘れられない台詞だろう。
直接会話したわけじゃないが、きっと相手も同じことを思っているはずだと二人は感じた。
兄弟ならではの以心伝心だ。
エドワードの言葉を使うとエルリック・テレパシーというやつだった。
もちろんそんな二人の気持ちなど知る由もないウィンリィが、すっきりして少しは機嫌の直ってトイレから出てくると、気味が悪いくらいに引きつった笑顔の二人が、そこにいた。














全体的にがっかりな話ですいません……!
挙句、こんなんをサイトの移転記念にケータイにこんなん送りつけて青嵐さんごめんなさい。
「新しい場所」とのお題だったんですが、こんなんしか思いつかない自分にがっかりだ!(ホントにな)
受け取ってくれてありがとう青嵐さんいつもメンゴ!(きゅるん☆)(しつこい)



あの、でも、こんな勇ましいウィンとそれに戦々恐々している兄弟が好きです。
むしろ三人の中で最強はウィンであって欲しいと思います!(おまっ言い訳はそれだけか!)