ひかり










樹の葉越しに見えた空は、澄み切った色だった。
薄い金色と緑がちょうど半分ずつ混じったような春のひかりが、大樹の元にいるボクに向かって降り注いでいる。
それはきらきらと風に揺れてボクの体を鮮やかな灰色に、あるいは鈍い鉄色に濃淡を付けながら照らしだしていた。
穏やかな時間というのを絵で書いたような空間だ。
思わずほう、と息を吐く。
勿論この体では本来そんなことはできないから、ただそうしたつもりだった。
この場合、重要なのは実際に出来ることではなくそうしたい気持ちということだ。
少なくとも今ボクは、感嘆したいような、それでいて安心しているようなそんな暖かい気持ちだ。視線を戻す。
大きな樹の根元に座ったボクの右側と左側を見る。
きらきら、きらきらと輝くふたつの金色を確認するように。
そしてじわりと湧き出したのは、さっきよりも暖かいものだった。








久しぶりのリゼンブール。久しぶりに、三人揃っての帰郷。
だからたまにはみんなでのんびりしよう、と提案してきたのはウィンリィだった。
そんなのは性に合わない、と渋る兄さんを二人がかりで頑張って説得して(結局、兄さんは昔からボク達二人のお願いに弱いのだ)この大きな樹のところまで散歩としゃれこんだのが今から大体二時間前。
日差しが少し強かったことと、歩いてきて疲れていたこと。
そしてなによりのんびりするとの目的を果たすためという理由からボクたちはこの樹の下に座り込んだ。ボクを真ん中にして、両脇に兄さんとウィンリィ。
初めは、とりあえずたわいもない話をしていた。
例えば共通の知人のことや、子供の頃のこと。
だけど、春の空気と、何よりも久しぶりのリゼンブールの威力は凄まじく。
まず脱落したのは兄さんだった。
もしかしたら昨日、遅くまで本を読んでいたことも関係しているかもしれない。
ていうか、多分そうだろう。
こっくりこっくりと船を漕ぎはじめたかと思ったら、直ぐにすっかり夢の世界に旅立ってしまった。しかも、ちゃっかりと人の体に寄り掛かって、だ。
その姿に苦笑したのはボクだ。
ウィンリィは、呆れながらもそれでも笑っていた。疲れてるのかしら。
そう、くすくすと笑っていた。でも、それはきっと彼女だって同じだった。
笑いながらも、空色の瞳がとろんと微睡んでいた。
その証拠に、ウィンリィも眠っていいよと告げてから、ごめんねと言って彼女が実際にそうするまで大した時間は掛からなかった。






そして、今も二人は夢の世界を泳いでいる。ボクを挟んで、穏やかな顔が二つ。
ちょっとだけ口を開いて、ボクの右腕に体重を預ける兄さん。
呆れるほど気が抜けた顔だ。
普段の目付きの悪さとか、鋭さとかそういうものが欠落している顔だった。
そして、すうすうと静かに寝息をたててボクの左腕に体を傾けるウィンリィ。
随分と久しぶりに、きっと子供の時以来に近くにある寝顔は、きれいというよりはどこか可愛い感じがした。
見ていてドキドキするのではなくて、思わず笑顔になるような、そんな感じ。
でも二人とも熟睡と言うか、気持ち良さそうなのがよくわかる。
実際、気持ちいいんだろう。
足元の草や、頭の上の葉を揺らす春の風は見たところ優しい。
大きな樹の下にいるのだから、日差しが強すぎることもない。
そう、風は二人の蜂蜜色と檸檬色の髪をふわりと揺らすだけで、日差しはその輝きを鮮やかに照らすだけだ。



ボクはまた息を吐く。吐いたつもりだった。
それから、視線を狭く近いような空へと戻す。
緑の葉と碧の合間に、曖昧でノスタルジックな過去が見える気がしたからだ。
こんなこと、昔にもなかったっけ。そして直ぐに思い当たる。
ああ、あれは子供の頃。ボク達の母さんも、ウィンリィの両親もまだ生きていた頃だ。
三人一緒にお昼寝をしたのに、目覚めた時ボクはひとりだった。
正確には、目が覚めたのはボクだけだった、なんてこと。
そしてあの時、無償に淋しさを、そして悲しさを感じたことを漠然と思い出す。
なんていうか。
どうしてボクだけ起きちゃったんだろうという疑問と後悔。
それと、どうして二人とも起きないのという憤慨と不安。
そんなのが混じり合って、泣きそうになったのだ。


ああ勿論、今はそんな気持ちになることはない。
ボクは、ボク達はまだ大人ではないけれど、それでももう子供でも無かった。
環境だって違っている。もう、眠ったボク達に毛布をかけてくれる人はいない。
そして今は、あの頃のようにボクひとりが眠りから覚めてしまったんじゃない。
ボクひとりが、眠らずに起きているのだから。正確には、眠れずに起きているのだ。
この体は睡眠を望みはしないから。

それは、ボクにとってはどうやったって嫌なことだった。ひどく辛いことだった。
たとえば一人の夜。何も感じないはずの体の中に、ちくりとした痛みが刺したりもする。
泣けない体なのに、無性に泣きたくなる時もある。
でも、それでも。
そんな痛みは、もうすっかり慣れてしまった。
正確には、そんな痛みや悲しみに気付かないふりが出来るようになった。
だけどそんなことをいったら、きっと二人は悲しむだろう。
慣れることなんてあるわけないと。痛くないわけがないと。
だから、なるべく口には出さない。
もう二度と、出さない。そう決めた。
ボク自身も、そう信じてるから。そう、信じたいから。
でももし。もし、ボクがこんなことを考えてるなんて知ったら。
それはそれで二人は悲しむだろう。もしかしたら怒るかもしれない。
言えばいいのに、なんて。
それはちょっと、いやかなり怖いなぁ。ボクは苦笑する。
二人とも優しいから。優しすぎるから、だから笑いたくなる。




笑って、ゆっくりと、またボクは視線を下げた。
視界に飛び込んだのはやっぱり二つのひかりだった。
蜂蜜色のひかりは、ボクにとっては誰よりも何よりも大切な兄さん。
時に痛々しいまでに自分を犠牲にして、ボクを、ボク達を守ろうとする人。
檸檬色のひかりは、ボクにとって一番大切な女の子のウィンリィ。
いつでもボク達のために怒ってくれて、泣いてくれて、待っていてくれる人。
二人はいつだって、ボクのことを真剣に考えてくれる。
小さな頃からずっと、ボクを大事にしてくれた。大好きでいてくれた自信もある。
そして、ボクを守っていてくれた。慈しんでくれた。
ボクという存在を、どんな時も真っすぐに見ていてくれている。
行動でも、言葉でも精一杯。
でもそれは時々、苦しくなったりもする。そこまでしなくてもいいんだよ、と言いたくもなる。
それでもやっぱり、嬉しい気持ちの方が強いから。
そしてそんな感情が、感じるという行為だけが。
ボクという人間の存在を確かなものにしているかもしれないなんて、思ってしまうから。
ボクは、自分自身のエゴを感じずにはいられない。
なんてずるい人間なんだろう。
それは弱さなんだろうか。それとも幼さなんだろうか。
答えは出ない。きっと一生出ないままだ。


ああ、だからこそ。ボクは思う。



守りたいと。
兄さんがボク達をそう思っている以上に二人を。



そして、望むのだ。



慈しみたいと。
ウィンリィがそう思っていてくれる以上に二人のことを。




いつかの、セントラルでの兄さんとの約束じゃないけれど。
それとは違った次元と覚悟を持って、ボクは思わずにはいれない。
この穏やかな時間を守りたいと。二人の笑顔を見たいと。
何よりも、ボクは二人を守りたいと。絶対に、守ってみせると。
そしていつか、伝えたい。
どれほど二人が大切かということを。どれだけ、大好きかということを。



きっとその時は遠くない未来。
きらきらと輝いている穏やかな、こんな時間。
また、三人でのんびりして。その時は、ボクも一緒に夢を楽しんでいるはずだ。
いや、楽しむのだ。みんなで、一緒に。









やわらかな風は、相変わらず全てを優しく揺らしている。
きらきら、きらきら。木の葉は輝き、そのたびに下に座るボク達を鮮やかに照らす。
灰色に、或いは明るい鉄色に。
夢を漂う二人の髪は、一際強く光っていた。
蜂蜜色に、或いは檸檬色に。起きる気配は無かった。
ただ、光り続けている。きらきら、きらきら。
その優しくて、暖かいひかりはいつまでもボクを照らしてくれるのだ。
昔も、今も、そしてこれからもきっと、ずっと。


二人を照らす木漏れ日。
その光が、不思議なほど眩しく感じる気がして、ボクは笑う。
眩しさなんて、わからないはずなのに。それでも、ボクは笑いたかった。
幸せだった。


この穏やかな時間が幸せすぎて、泣いてしまいたかった。
















青嵐さんへのキリリク。「ほのぼの幼馴染」でした。
ずっと書きたかったシチュをいい機会ということで書いてみたら、とんだモノローグネタ。
そしてなにやら最後の最後らへんがなんとも悲劇に片足突っ込んだように見えるミラクル発動。
この弟君、すっごい死にそう(逸らし目)
「最近(2007年五月)の本誌の展開が怖いから、ほのぼのを!」とのリクだったのにな。
ごめんね青嵐さん。私にほのぼのなんて高尚なものは無理だ っ た  …!(息も絶え絶え)


でもキリリクありがとねっ超アイシテル!(ウザい)