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<昼下がりの面接>
扉を叩く乾いた音がメイド長の部屋に響いたのは、彼女が屋敷内の見回りを終えて事務作業をしようと机に座ったその時であった。
誰か、と尋ねてみる。
するといささか緊張に欠けた、あっけらかんとした声が返ってきた。
「俺っす、メイド長。ハボックっす」
それに、彼女は眉を寄せた。聞き覚えのある、いやありすぎる声だったからだ。
ハボックと名乗った彼は、この屋敷で使用人として雇われている青年だ。
しかし若いとはいえ、主人がここを買い求めた時より奉公を続けているため、使用人の中では古株に当たる。
少々能天気な所はあるものの、さすがに長年務め上げたことはある。
後輩や同僚、ひいては主人からの信頼も厚く、仕事もよくできる男だ。
だが、フットマンとしてこの時間は様々な仕事を行っているはずの彼が、こうして彼女の部屋を尋ねるとはどういったことだろうか。
その答えは簡単だった。何かしら、問題が起こったに違いない。
だからこそ、メイド長はその美しい顔を僅かにとはいえ歪めて見せたのだ。
いったい何が起きたのだろう。そう思いつつも、彼女は入室の許可を出した。
だが、その想像は数秒後。まったく違う形で裏切られることになるとは、この時の彼女にはまったく分からなかった。
「失礼しまっす」
手慣れた様子で入室してきた長身のフットマンに、メイド長は視線を向けた。
ふわりと、開いた扉から空気と、覚えのある香が流れ込んでくる。
「どうかしたの?」
「ええ、まぁ。どうかしたっちゃーどうかしたんですが……」
「歯切れが悪いわね。はっきり言いなさい」
促すように、きっぱりと言い放つ。
ハボックはその声に僅かに怯んだものの、長い付き合いとは恐ろしい。
厳しい彼女の言葉にはすっかり慣れているため、彼はすぐにそれを正してみせた。
その後、何故かにんまりと得意気な笑顔を浮かべる。
何事かと彼女が尋ねようとした、その時。
ハボックの後ろから、ちょこんと若い娘が姿を表した。
メイド長と目が合うと、その外套を羽織ったままの娘は慌てて頭を下げる。
「これは……」
驚きながらも、問うような視線と声をメイド長はハボックに向ける。
すると、この若き使用人はやはり得意気な様子のまま、告げた。
「えっと、門の所につっ立ってたんすよ。ウチでのメイド希望らしいっす」
「メイド希望?」
今度は、ハボックに向けたものと同種の視線をメイド長は娘へと向けた。
鋭いような、訝しむようなそれを受けて娘は、縮こまったような様子になる。
それでも視線を外すことはせずに、恐る恐る、だがはっきりと口を開いた。
「あ、あの!あたし……じゃなくて……私、その新聞を見て。
こちらでメイドを募集してるって知って、その是非、働かせていただけないかな、と……」
しかし最後は段々と声量が落ちていってしまった。
完全に萎縮してしまったらしい彼女を見て、とりあえずの事情を理解したメイド長は娘から視線を外す。
代わりに、またハボックへと顔を向けた。
「……わかったわ。ご苦労様、貴方はもういいわよ。連れてきてくれて有難う」
「いえいえ。じゃあ、俺は仕事に戻りますんで」
「ええ、お願い。ああ、でも休憩はちゃんと決められた時間にとるように」
その言葉に驚いたように、ハボックは目をしばたかせた。
煙草の匂いが付いてるわよ、と完璧な笑顔で告げられて青年は思わず震え上がった。
どうやら、先程まで庭でこっそりと喫煙をしていたことなど明白だったようだ。
あははと愛想笑いもそこそこに、すみませんと頭を下げて、ハボックは部屋から去っていた。
その背中に、呆れたようにため息を一つ送った後。
メイド長は、直前までのやり取りに呆気にとられた娘に向き直った。
「さて、と。貴女、名前は?」
「えっ、あ、はい。ウィンリィです」
「それだけ?」
「……はい。ウィンリィです」
はっきり告げられた言葉に、メイド長は少し疑念を抱いた。
ファミリーネームが無いような人間はこの国に少なくはないが、この娘からそのような気配をまったく感じられなかったからだ。
身なりはきちんとしているし、顔立ちも悪くない。寧ろ良いほうだ。
だが、それはこだわっても仕方の無いものなので、それ以上問うことはしない。
人は見かけにはよらないものなのだから。
「……わかったわ。えっと、ウィンリィさん?」
「はい」
「当家でのメイドを希望とのことだけど。経験を……そうね。
何年、それから何をしていたのかを教えてもらえる?」
「あ、はい。あるお屋敷で……だいたい十年くらい、ハウスメイドをしていました」
その言葉に、メイド長はまた眉を寄せた。
どうみても目の前の娘は十七、八だ。十年も働いていた、ということは少女の時分から働いていた計算になる。
普通、そんな年ごろから働いてた者はもっと疲れ切った、悪い言葉で言えば浮ついた人間になるものだ。
だが、ウィンリィと名乗る娘はやはり、そんな所が見られないのだ。
「十年?」
思わず、問うように繰り返す。
しかし返ってきたのはやはり、はいと言うはっきりとした肯定だけであった。
ますますと疑問は、膨らんでゆく。
だが、それをとりあえずは無視することにして、メイド長はまた口を開いた。
「そう。じゃあ、何か前の主人の方からの紹介状はある?」
あったら見せて欲しいのだけどと言われた娘は、はいと返事をすると、急いで私物らしい小さな鞄から何かの紙を取り出した。
そしてそれをメイド長へと手渡す。
受け取ってざっと目を通した彼女は、今度は疑問を通り越して、驚かざるをえなくなった。
書かれていた文字、それはあまりにも有名な、貴族の中の貴族の名を示している。
「………エルリック?」
思わず、呟く。見間違いかとまたよく見てみる。
しかし、その紹介状にはやはり、細くやわらかな字で、かの家の奥方の名が印されていた。
間違いはない。そこでとうとう、彼女は先程から感じていた疑問が、それまでとは比べものにならない程大きく膨れるのを感じた。
エルリック家とは、あの大貴族以外に考えられない。
屋敷も大きく、使用人の質も数も一流のはずだ。
そこで働いていたハウスメイドが何故、こんな帝都の外れの屋敷で働きたいと言ってくるのだろうか。給金も待遇も、遥かに下回るこんな所へと。
何か大きな失敗をして辞めさせられたのだろうか。
殆ど表情を変えずに考えてみる。しかし考えてみて、彼女はその可能性を否定した。
それならば、紹介状は貰えないはずだからだ。
ならば、何か他に事情があって辞めたのだろうか。
だが、もちろん考えた所でその明確な回答は出ない。出るはずも無かった。
メイド長は、じっと目の前に立つ娘を見た。
こちらを伺うように、だが心配そうな様子で見ている。
雇ってもらえるかどうかが不安なのだろう。空色の瞳に困惑が滲んでいた。
この娘が、どんな事情を抱えていると言うのだろう。疑問は消えない。
だが、不思議と危険を感じることはなかった。
決心して、彼女は息を一つ吐く。
「わかりました」
「えっ?」
「とりあえず一ヵ月は仮採用として。
きちんと雇うかどうかは、働きぶりを見てから決めるということで。いいかしら?」
茫然と、面を食らったような顔をする娘に、メイド長は微笑を浮かべてみせた。
色々と疑問は残るが、紹介状を、しかもあの大貴族のそれを持っていた娘だ。
十年という経験も含め、能力は十分にあるだろう。
今はともかく、人手が足りないのが現実だ。
経緯に疑問があるからといって、彼女を雇わないのはあまりに勿体ない。
ただでさえ、この屋敷を訪れるメイド希望者は少ないのだ。
それに、メイド長には、どこか確信めいたものがあった。
長年、ハウスメイドとして働いてきたという経験からくる勘、とでも言えばいいのだろうか。
このウィンリィという娘は大丈夫だと、彼女のそれは告げていた。
嘘を付いている様子もまったく感じられない。
こういった予感は外れたことはない。信じてみて、損は無かった。
ウィンリィが固まっていたいたのは、僅かな時間であった。
言葉の意味を理解して、彼女は頬を僅かに上気させる。
「あ、ありがとうございます…!」
安心したような声に、メイド長は少し苦笑した。素直な娘だ、そう思う。
彼女に対する疑問はやはり、消えてはいない。
だが、喜びを隠せないその表情はそれ以上の好ましい感情を、メイド長に抱かせていた。
ありがとうございます、と何度も繰り返す娘に、彼女は、言った。
礼はいらない、それよりも働きを期待していると。
それを聞いて途端に、顔つきを真剣なものにしてウィンリィは、はいと答える。
真っすぐにこちらを見る瞳に、また微笑を浮かべて、まだ言ってなかったわねとメイド長は口を開いた。
「私の名前はリザ。リザ・ホークアイよ。
旦那様から、お屋敷のメイド長を任せらているわ」
これからよろしくね、そう告げたリザに、ウィンリィは慌てて、はいとまた一つ、返事をした。
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