きみがくれたしあわせ














月も出ていない夜。
オレの部屋で、安い酒を飲みながら、何ともない雑談をしている時。
会話が途切れた瞬間、名前を呼ばれた。


エドワードさん。


静かに、それでいて少しだけ切ないようなそれにオレは少しだけ息を飲む。
ゆっくりと顔を向けると、こちらを見る薄い青色の視線と自らのそれとぶつかった。
その表情は、先程の声が示した通りのものだ。
そこで彼が次にしようとすることをなんとなく、悟る。
こちらの頬に向かって伸びてきた右手で、それは確信に変わった。
反射的に、オレは目を閉じる。
触れられた手の、どこか冷たさを感じながらも暖かい体温が羞恥心を掻き立てて、自らの頬が熱を持っていくのを感じた。
相手の気配だとか、そんなものが近すぎて、くらくらする。
それは息苦しささえ、覚えるほどに。
オレの感情を、こいつは正常とは言い難い状態へと誘うのだ。
例えば。この後に彼が行う行為に対して、僅かとはいえ期待してしまっている、なんてこと。
そんなの、普段のオレならば信じられない感情だ。
それでも、そんなことをどこか冷静に考えながらも。
今、オレは確かに瞳を閉じて、体温を上昇させていた。
それが、まぎれもない現実であった。




誰かにこんな情を抱くこと。それはオレにとっては初めてだった。
元いた世界では、こんなことは無かった。
ありえないことだった。
あの頃は弟が全てで、あいつを元に戻してやることだけが唯一の関心事だったから。
自分と同年代の少女達が夢中になるような可愛い服とか化粧の仕方とか、恋愛だとか。
そんなものに関心はなかった。
たまには女の子らしくしたら、と幼なじみに何度か言われたこともあったけど、オレはそれにいつもしかめ面を返していたものだ。
服は極端な話、着れたら何でもよかったし、化粧なんてただ面倒なだけと思っていた。
まして、恋愛なんて。オレが誰かを好きになる?
馬鹿な。ありえない話だった。
そんな気色の悪いものが、得体の知れないものが、自分の身に降り掛かるわけないとオレはどこかで信じていた。


だけどこっちに来て。彼に会って。一緒に、暮らすようになって。
気付いた時には、オレは既に囚われていた。
彼に感じた心地よさと暖かさ。
それは、弟によく似ているからというだけで、全て片付けられる代物じゃなかった。
好きだと言われた時に感じた、泣きたいような気持ちや苦しさ、そして静かな喜び。
そんなの、弟に対しての感情であるわけなかったから。





でもそれは本来ならば、オレ自身が許さないものだった。
こちらの世界の者と深い関係を持ちたくなかったから。
持ってはいけないと決めていたから。
だけど。オレは自分の世界の中に彼を受け入れた。
いけないことだと理解しているのに、こうして触れることを認めた。
全部ではないけれど、それでも侵入を許した。
そこに背徳を感じないことはない。オレは世界の理を乱している。
そして罪悪感を覚えない時もない。
それは何よりも彼に対して。
オレという世界の異分子なんかと深い関係を持たせてしまったこと。
それなのに全てを打ち明けてないこと。
そこまでわかっているくせに、だけどオレは彼から離れられない。
こうやって触れられた手に、羞恥心と安心と喜びを覚えてしまう。
幸せを、感じてしまう。
全ての罪悪と背徳を吹き飛ばして、どうしようもないくらいにそれだけになってしまう。
泣きたいくらい、それだけが今のオレを支配する。
いっそ本当に、泣いてしまえたらいいのに。
それならどんなに楽だろう。
幸せで、だけど本当は苦しいなんて。
そんな矛盾した感情を、吐き出せたらどんなにか。


でもそれはどうやったって許されるわけもない。
例え優しすぎる彼が許したとしても、オレ自身は。
許せないだろう。そんなこと、絶対に。
それはきっと彼を苦しめるだけだから。



それに、何より。








唇に、暖かく柔らかなものが触れた。
優しく、だけどだんだんと激しくなってゆくその行為にオレは答えながらも翻弄されてゆく。
直に何も考えられなくなるだろう。それでいい。
彼の手で与えられる幸せと快楽と安心、そんな名前の苦しみでオレを包んでしまえばいい。
それは彼の手だから出来ること。いや、彼にしか出来ないことだ。
罪深いオレに対して、その甘すぎる苦しみは何よりの罰であるのだから。







自然と押し倒されて。
座っていた寝台が、ぎしりと音を立てる。
オレは幸せだった。

嬉しくて苦しくで、それだけだった。














MEMO再録。ハイ←エド子。
「エドワードさんにはリヒ様自身を見て欲しいの!」とことあるごとに言う友のために書いたもの。
代わりに吸血鬼エドワード話を貰ったという思い出深い一品。

でもぶっちゃけこのエドワードさんありえねーと思います。
アイツは絶対、リヒ様にアルの影を見ちゃう子なので。