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家へ帰ろう
空は、黒のインクを流し込んだように真っ黒だった。
そこに浮かぶのは砕けたガラスのようにちらちらと輝く幾つかの星。
そして、まんまるの月だ。
眠ったように静かな街は、そのぼんやりとした光に照らされて夜とはいっても随分と明るい。
とりあえず、光源が何も無くても夜歩きが出来るほどには。
夜の道。そこを、歩く青年がいる。
薄い金色の髪を月の光に輝かせながら彼は、てくてくと細い路地を歩いていた。
真昼の空をもっと透明にしたような色彩の瞳は、まっすぐに前方を捉えている。
だが、彼は時折思いついたかのように振り返ると、眉を下げた。
正確には自身が背負う者を見て、だ。
青年の背中。そこに揺れている影はひどく小さかった。小柄な、娘だ。
しかしながら男装に身を包んだ彼女は、娘と称すのは少し気が引けるほど幼い顔立ちだった。少女と言っても疑問を抱かない程あどけないものである。
だが同時に、どこか神秘的な美しさも兼ね備えていた。
不思議な魅力、とでもいえばいいのか。
月光を受けて輝く蜂蜜色の髪はいっそ妖艶でさえある。
彼女は、赤い頬を青年の肩の辺りにのせ、ぴくりとも動かずにいた。
うっすらと口を開け、穏やかな顔で眠っている。
幸せな夢でも、見ているのだろうか。
青年と娘。二人は帰路にあった。
酒場で夕食をとった後、一緒に暮らす下宿先に帰る途中だった。
青年が、弱いのだからやめろと言ったのに、大丈夫だいじょーぶこんくらい、と酒を飲んだ結果が、これである。
彼女は案の定酔っ払って寝てしまって、それを青年はおぶっているのだ。
だからやめておけといったのに。もうこれで何回目になるだろう。
仕様が無い人だ。青年は、そう嘆かずにはいられない。
彼女が外出先で酔っ払うたびに、こうして背負って連れ帰っているのは彼である。
だが、不思議とこれをやっかいだとか面倒だと思ったことはなかった。
嫌な気持ちも、あまりなかった。
話を聞いた同僚に、よくやるよと言われたりもしたが。
甘すぎる、と自分でも思うのだが。それでも彼はいつもそうしている。
彼女は、右腕と左足に重い義肢を付けてはいるが、重いといっても背負うことに苦に感じる程とはとても言えなかったし、それに何より。
それに、なによりも。
青年は、また彼女を見る。寝顔は相変わらず穏やかだった。
それが嬉しくて、自分の中に暖かいものがじわじわと染みだしてくるのを彼は感じる。 こうしてとても年上には見えない、幼子のような寝顔を見れるのが、嬉しかった。
昔は、初めて会った頃は。
二人で暮らしはじめた頃は、彼女は決してこんな顔を青年には見せなかった。
だが仲良くなってから。
彼が、好きだといってから、それに彼女がありがとうと答えてくれてから。
それからやっと見せてくれるようになったのだ。
時折ではあるけれども、こんな安心したような、顔を。
それが、それだけで、嬉しいと思う。
青年は、彼女のことが大切だった。
例えばこんな風に、穏やかに眠る彼女が。
例えばキスをした時、真っ赤になって照れる彼女が。
例えば朝靄の中、隣でぎゅっとシーツを握り締めながら丸まって眠る彼女が。
その全てが、ただ、愛おしかった。
だからこそ、彼女のための苦労など苦労ではないのだ。
もちろん彼も人間であるから、いい加減な所がある彼女に対して怒ったりすることはある。
だがそれでもわるい、と謝られれば。
笑いかけられれば、許してしまう。
アルフォンス。そう呼び掛けられれば、心が踊る。
彼は、苦笑する。本当に自分は甘いと。
だが、それが真実であるから仕方がない。
そしてそんなことを気にするくらいなら、早く帰ろうと考え直す。
今は冬ではないが、吹く風はやはり冷たい。
酒で体が暖まってるとはいえ、夜風に当たり続けるのはよくなかった。
急いでしまおうと、彼が歩く速度を上げた、その時だった。
「…ある…ふぉん、す…?」
寝呆けているのがわかる声が、青年の耳元に響いた。
歩く速さが変わったため、揺れが大きくなり、目を覚ましてしまったのだろう。
彼は、歩く速さをまた戻して、僅かに声がした方を見る。
「すみません。起こしちゃいましたか?」
「ん……ここ、ど…」
何処、そう発音する前に、彼女はまたとろりと目蓋を閉じようとする。
どうやらまだまだ眠いらしい。
それを察して、青年は、聞こえているかどうかは知らないがそれでも言葉を返した。
「今、病院の近くですよ。まだかかるんで、寝ててください」
言われて彼女は辺りを見渡そうとする。
だが、直ぐに力尽きたようにまた頬を青年の肩に預けた。
その暖かさが、じわりと上着越しに滲む。
「…ごめ…いつ、も…」
ゆるくまろい謝罪の声。それを聞いて、青年は笑う。
「気にしないでください」
僕が好きでやってるんですから。
そう思いながら、しかしそれを言葉に出さなかった。
彼女がまた至近距離でごめん、と言うのを耳にして、青年は苦笑する。
謝るくらいなら、酒なんか飲まなければいいのに。
そんな意地悪なことを考える。
だが、そんな彼女だからこそ可愛いとも思うのだ。
仕様がない人だから。自分が、世話をしてあげなければと。
自分が、守らなければとも。
ふう、と息を吐いて。彼はまた、歩くスピードをあげようとする。
その時だった。
「…ありが、と……」
小さなその声が聞こえた直後。青年は、首筋に何かを感じた。
えっ、と彼は思わず足を止める。
だが、暖かくやわらかなそれには確かに、覚えがあった。
だからこそ彼は足を止めた、というより固まったのだ。
その感触は以前、月の光が窓ガラス越しに降り注いでいたとき。
二人で夜を越えた時に、一度だけ、彼女が与えてくれたものと同じだった。
普段の彼女なら、絶対にやらないことだった。
だから、彼は軽く混乱する。反射的に赤くなった顔で、思う。
何故。どうして。
酔っ払っているから、だろうか。寝呆けているから、なのだろうか。
だがその答えはでなかった。
はっ、と我に返って振り返った青年の目に飛び込んできた彼女は、またすっかりと夢の世界に旅立っていたからだ。それを確認して。
彼は、ため息が出そうな気分になった。
なんなんですか。 だが、直ぐにそんなものはどこかへと消える。
彼女はやはり幸せそうな寝顔、だったからだ。
それを見つめ、青年はまた暖かいものが込み上げるのを感じた。
それは諦めに似た、気持ちだったかもしれない。
まったく貴女は、と考えながらも眉が八の字に下がる。
不思議な程に穏やかな、優しい気持ちが彼を包み込んでいく。
空は相変わらず濃い闇色であった。
星も相変わらず安いガラス破片のように輝き、月もまた相変わらず街を照らしている。
青年は、今度は本当にため息を吐く。
そしてできるだけ速く、だが彼女を起こさないように慎重に歩きだす。
もうすぐで見えてくる角を曲がると、彼らの家だ。
早く帰ろう。二人で、早く。
満月を見上げて、彼はまた微笑んだ。
おとめさんへの誕生日プレゼントで「暗くないハイエド」。
うっかりと恋人設定→別人に。というかいっそ別世界に生きてるコイツら(え)
エドワードさんを可愛くー可愛くー、と怨念こめて書いてみたら予想以上に乙女に。(びっくり!) そしてゲロ甘い話に成り下がった。
私が書く受けっこの中で、一番可愛く仕上がるのは彼女(彼)です(逸らし目)(いっそスルーしたい事実)
攻めポジションで書いても受けになる不思議ちゃんです。
ってかほのぼのとかマジ無理っ……!(泣)
ともかくも。おとめさんお誕生日おめでとうございます!
こんなしょーもないのでごめんねー!(脱兎)
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