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「ほれ、あーん!」
ここんところ毎日暑い。
おかしいんじゃないかってくらい暑い。
太陽が沈んだからといって、涼しくなんかなりゃしなかった。
昼にため込んだ熱気をじわりじわりと放出してるんだろうか。
少しずつ出すくらいなら一気にバーンっとやっちまえっての。
風呂に入りながら考えたのはそんな割と、というかかなりどうでもいいことだ。
クーラーの効いたリビングに戻ったらすぐにどっかに消える。
外は熱帯地獄だけど、こっちは天国だ。
思わず、顔が緩んでしまうのはしょうがないことだろう。
本当はもうちょっと涼しいのがいいんだけど、温度下げたりしたらと電気代がどうのこうのと怒られる。しかし、風呂のせいで体は熱い。なので三秒、考える。
結果、辺りを見渡してからリモコンを掴んだ。
設定温度を二度、手早く下げてから何食わぬ顔で元の場所へ戻す。
人間、自分には甘いのだ。景気よく動き始めたエアコンに再びにんまりとする。
と、同時に鼻歌と気配を感じて振り返った。
変に思ったらしく、どうしたのと聞かれたのでそっちこそ何だと返す。
やばいばれるか怒られるのか、なんて冷や汗をかいてみたが、その心配は無用だった。
彼女は、わかりやすいくらいぱあっと明るい顔をしてこう言ったのだ。
あのさぁ、ケーキあるんだけど食べない?
どうやら機嫌がいいのはコレが原因らしい。
目の前に置かれた小綺麗なケーキはひんやりとした赤いものが光っている。
向こう側の、いかにも幸せそうでいつもより注意力散漫な彼女の前には、なにやら白とピンクが混ざった色の果物つまり桃が、見える。
そっちはソルダムのパフェで、こっちは桃のパフェなのよ。
頼んでもいないのに説明をする姿は楽しそうだ。しかし文句はない。
むしろどんどん説明でもなんでもしてもらって、エアコンの温度がいつもより低いとかいつもより凄い音を立てているとか、そんな気温的なことに気づいてないで欲しいくらいだ。
けどまあ実際のところ、説明されてもよく分からない。
かといって無視もできないので、とりあえず返事はする。
ソルダムってなんだと思ったが、あえて口は挟まなかった。
なので楽しげな説明はわりかし早く終わり、取りあえず一口という運びになった。
例のソルダムはプラム的な味がした。つか、まんまプラム。
うまいけど、どこが違うのかが分からない。
しかしこちらの疑問なんて向こうにはまるで関係ないらしく、彼女は最大級のまったり顔で桃のパフェを堪能していた。
感極まって、あああ美味しいっ!と叫ぶくらい幸せ全開だ。
こういうところはガキの頃から変わらない。
こういうところがちょっと好きだとはいったことないけど。
しかし、そんなにうまいのか、桃パフェ。単に桃と生クリームだろ。
でもそういえば桃のパフェ。っていうか桃パフェ。なんだろうか。
なんか、この照れくさくも懐かしくそしてどこかしょっぱい感じがする。
頭に引っかかったような疑問はしかし、考える暇が無かった。
ねっねっあのさあ、そっちどんな感じ?
わくわくキラキラな声に顔を上げると、案の定こちらのパフェに興味深々な彼女と目があう。
しょーがないとこっちの皿をあっちにやろうとする。と、その前に。
食べたいってかちょうだい!と口を開かれた。それもあーんと、だ。
だから少し動揺する。不満じゃない。
普段、絶対、こんなことしないだろと思わず自己確認。
どんだけお前テンション高いんだよと呟いた。
でもちゃんとやる。実のところ、少し照れたのはもちろん内緒だ。
あーこっちもおいしい!また身悶える彼女と、パフェ。
ってか桃パフェ。引っかかる桃パフェ。
ソルダムとかいう赤いのをつつきながらぼんやり考えてると、ついっと目の前にスプーンが差し出された。その上には桃と生クリーム。
そして、はいお返しと笑う彼女を見て、やっとこのもやもやの正体を思い出す。
あっそうか桃パフェって。あれか。初めての「あーん」と同じ。
つーか桃パフェ。あれか桃パフェあのバカ高いあれか!
今考えたってありえないだろって、あれかっ!
フォークに刺してたソルダムが皿にぽとりと落ちた。
ぞわぞわとしたものが体中を駆け巡ってきて、なのでちょっとそれに耐える。
ひとしきりそうしてから。今度は思い出してしまった自分にしょっぱさを覚えた。
つか、覚えてるなよそんなこと。うわっなんかイタいだろ!
自己反省というか自己批判というかそんなんに夢中になってると、いらないのと聞かれた。
どうやら彼女はこの状況を覚えてないようだった。羞恥心が消えるわけはない。
だけどそれは少しだけ、ほんの少しだけど救いだった。だから。
いるに決まってんだろ。その口調は偉そうだと言われたが、微妙なプライドの問題だ。
相変わらず、もらった桃パフェはうまかった。
ソルダムとやらもうまかったが、懐かしさとか今のこの状況とか、色々な相乗効果で余計、うまく感じるかもしれない。昔もこうだったなとかだんだんと余計なことを思い出す。 進歩がないとは思うがしょうがない。だって確かにうまいことに違いはないのだ。
だから素直にうまいと言う。
すると何故か、くすくすと笑われた。
なんだかバカにされた感じがして、なんだよと拗ねてみる。
すると、返ってきたのはこんなんだった。
あんた昔から桃、好きよね。本当に幸せそうにしちゃってさ。あ、覚えてる?
前もこうやってあげたんだけど。あーんってさ。ほら、覚えてない?
ものすごく楽しそうな彼女に、覚えてないと答えるのが精一杯だったのはいうまでもない。
襲ってきた身もだえするほどのしょっぱさに耐えてかじったソルダムとやらは、桃の後ということもあってなんだかひどくすっぱい。
テンションがだだ下がりの中聞こえてきたのは、ところでさっきからなんだか寒くない?
というこっちすらすっかり忘れていた気温的な問題について尋ねる彼女の声だった。
一年ほど前に書いた「はい、あーん!」の続編っぽいもの。
あまり甘くないのは、たぶんこいつらが結婚して所帯くさくなったせいだと信じたいです(え)
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