子供の時間、大人の時間











しかし、子供というのは勝手で気ままで自由な生き物だと思う。
どんな状況にあっても自分が一番で、チビのくせに家の中の王様として君臨してしまう。
さっきだってそうだった。
出張と言う名の潜入調査から久々に帰ってきて、そして久々に会った息子ははちきれんばかりの元気さでこっちを振り回したかと思ったら、あっという間に寝てしまった。
それが羨ましいかと聞かれたら、そうだと言わざるを得ない。
人の都合なんてお構いなしに、遊んで、笑って、泣いて、寝る。
昔はこっちを一番にしてくれた嫁さんも、ヤツが生まれてこのかた付きっきりだ。
それにまた、少し寂しさを感じてしまうのはわがままだろうか。
いや、それにしてもさぞかし気持ちがいいだろうなと思う。
確かに、子供は自分にとって好ましいこと、気持ちがいいことばかりを好むのだ。
例えば、子供はすっぽんぽんで駆け回ることが好きだ。
ヤツもさっき、風呂上がりにそれを実践していた。
あれなんか特に気持ちがよさそうだ。
自分がガキの頃の記憶を辿ってみても、そうだったと思う。
できることならこっちだって童心にかえってすっぽんぽんになって「ぬはははははっ!」なんて高笑いをしながら、風呂上がりに家中を、街中を駆け回ってみたいくらいだ。
あのイヤミな上官から受ける仕事上のストレスなんかすっきり解消間違いなし、と思うのだが実行できるかどうかはまた別の話。
子供ならば「可愛い」で済んでしまう話が、大人がやってしまうと憲兵が飛んでくる。
下手をすると新聞記者なんかが取材にきて「変態!あの鋼の錬金術師がすっぱだかでセントラルを猛ダッシュ!」なんて三面記事に乗ってしまうかもしれない。
もしそうなったら嫁さんに愛想はつかされるは、弟に兄弟の縁を切られるは、子供にトラウマを残すは、仕事だってクビになるはでとにかく大変だ。
だからしない。また理性がそうさせない。
子供だったら微笑ましいと許される行為が大人だと犯罪になるなんて不公平な気もするが、まあ仕方ない。
世の中はいつだって不公平だ。







ところで横を見ると、腰掛けたベッドの中で息子はぐーすかと夢の中にいる。
せっかくかけてやったシーツを蹴っ飛ばして腹を出していた。
この様子は父親である自分にそっくりだと近しい人間にはよく言われる。
反論はしない。倍になって返ってくるのが分かり切っている。
だから、黙ってシーツをかけ直してやった。
なんのことはない。なんだかんだ言っても親は子供が可愛いものなのだ。
それにしたって幸せそうな寝顔だった。やっぱり少し羨ましいかもしれない。



「おまえはいいよなぁ」

「どうしたの」



ふと呟いた独り言にそう聞いてきたのは嫁さんだ。
風呂上がり姿で、髪を拭きながらこちらへやってきて、隣に座った。
なので、裸で駆け回る等々の恥ずかしい願望は抜かして説明する。



「そんなこと考えてたの?」



返ってきたのは意外そうな声だった。
なんだか恥ずかしくなって視線を逸らす。



「悪いかよ」

「ううん。何となくわかる。確かに、子供が羨ましいって思う時はあるわ」

「だろ?」

「うん。ま、子供の頃は逆だったけどね」

「……まーな」



確かに、大人になりたくてどうしようもない時期というのはあった。
必死になって背伸びしていた時期というのが正しいのか。
あの時はそうすることこそが子供の証ということに気がついていなかったのだ。
その頃を思い出すと、苦いことだらけだ。



「いいんじゃない?」

「何が」

「そう思うのは大人になった証拠ってことで」

「……そりゃそーだけど」



言ってから、苦笑するみたいに笑った。
すぐ近くで寝ているヤツを起こさないように注意しながらだ。まいったと思ったのは内緒だ。
ひとしきり笑うと、本音を言うとねと嫁さんは前置きをしてこちらを見た。



「あたしは大人よりもあんた達が羨ましい時期があったわ」

「オレ達?」

「そ。どっちかって言うとあんた達って言うより、男の子が羨ましかったんだけど」



初めて聞く願望に、少し驚いて眉を寄せた。
向こうはそれに気がついたのか、バツが悪そうに笑う。



「なんだろ、ほら、あたしさ。女の子らしい遊びとかって昔からあんま興味なくて。
 女の子よりもあんた達と遊んでる方が多かったじゃない?
 たまーにね、言われたりしたのよ。男の子みたいなことしちゃいけませんとか。
 するとやっぱ思っちゃうわけ。なんであたしばっかりって。
 そのうえあんた達は男同士の秘密ー!とかやるからさ、余計にね」

「あ、あれは別に」

「今更気にしてないわよ。ただ、そんな時期もあったってだけ」



嫁さんはそうして気まずそうにまた笑った。
もしかしなくても傷ついていたのかと考えると、ガキだったとはいえ自分の不甲斐なさが少し情けなかった。
しかもその男同士のなんとやらは結構でっかくなってからも言っていた気がする。
一番大人であろうとしてた頃だ。
なんというか、本当にガキだったんだなと思わざるをえない。
今も精一杯気遣ってるけどそれが十分なのか、本音を言うと自信が無かった。
だけど、少なくとも今は、あの頃とは、違う。



「………でもさ」



もうガキじゃなかった。
だから、このくらい照れずに言えるはずだ。



「何よ」

「オレは、お前が男じゃなくてよかったと思うぞ」

「………どういう意味?」

「そ、それはだなぁ、その………なあ。お前、聞くかそれを」

「聞くわよ。聞きたいもん」



いかにも楽しそうな様子に、向こうの方が役者が上だとようやく気がつく。
母は強し、と言うのは少し違う気するが。しかし年々強くなっていやしないだろうか。
とりあえず昔だったらここで恥ずかしくなって誤魔化すところだ。
きっと向こうもそうすると思ってるだろう。実際、今も十分恥ずかしかった。
だが、子供まで作っといてそれはそろそろどうかとも思う自分もいる。
だったら、と決意する。向こうのが役者が上だっていうならこちらは行動力で勝負だ。
ぐいっと嫁さんを抱き寄せる。
油断していたらしい、案外あっさりと腕の中に収まった。



「……お前が男ならこんなことできねぇだろ」



なるべく平静を装ったら怒ったような声になった。
だけど心臓が煩かった。慣れない事はやっぱり慣れない事だった。
もしかしたら騒ぐかと思ったので、腕に力を込める。
騒がれたら困る、その程度にはビビッている。
だけど、反応は無かった。あんまり無いんで少し不安になり始めたその時だ。



「………ちょっと」



蚊が鳴くくらい小さい声が聞こえた。



「なんだよ」

「ずるい。………それ、反則」



それきりまた黙られた。
少し様子を伺うと、下ろした髪の隙間から見えるピアスだらけの耳はどちらも真っ赤だった。
どうやら怒ってはいないらしい。むしろ、その逆かもしれなかった。
いや、これはそうだと思った。そのくらいはいくら鈍いと言われてても分かる。
こっちにとって慣れない事は当然そちらにとっても慣れないことだったらしい。
さっきまでの人の反応を楽しむような余裕はすっかり影を潜めている。
なんだか可愛い。子供とは違う次元で、ものすごく可愛い。
今、自分の顔を鏡を見たらきっと赤いだろう。誰にも見られたくないくらいに。
もちろん相手にも。でもそれはお互い様というやつじゃなかろうか。
向こうだってまだ赤い。それを確認して、少し安心する。



「なあ」

「…………………何?」

「お前、なんか今すげーかわいい」

「なっ……!?」



普段言わないし言えないような台詞がするりと出てきたことに内心、自分でびっくりする。
しかし後には引けなかった。たまに本音言ったってバチはあたらないだろう。
抱きしめたままだったのは、顔を見る自信がなくまた見せる自信も無かったからだ。
そこらへんがまだヘタレな自分が情けない。でも性格だからしょうがない。
それでももう大人に憧れた子供ではないのだ。
そして、相手も男の子に憧れた時期はもう遠い昔の話だ。ため息を吐いた。
何にかは知らない。敢えて言うなら自分に対してだ。
そして、赤くなった小さい耳たぶに口付ける。ピアスの冷たさが心地いい。



「あのさ」



返事は無い。だけど関係ない。
子供と会うのが久しぶりということは、嫁さんに会うのだって久しぶりということだ。
だから、



「部屋、行かね?」



騒がれる前に先手を打った。
向こうが混乱しているのが手に取るように分かって少しだけ楽しい。
しばらく経ってから、顔を上げずに返ってきた答えはこうだった。
やっぱ反則よ。言いながら肩に顔を預けてきたので肯定と取る。
どうやら先制攻撃は成功したらしかった。
でもこの攻撃はしばらく出来そうにない。精神的に悪い。
嫁さんの手前、余裕があるふりはしているが、心臓は相変わらず煩いままだった。
そっと嫁さんを解放する。そして立ち上がって、その前にエスコートよろしく右手を出した。
こうなればとことんやってやると決意する。
だけどやっぱり顔を直視することはまだ出来なかった。
その理由は二つ。一つは恥ずかしさと照れがまだかなり残ったままということ。
そしてもう一つは、ここで顔を見てしまったら何かヤバそうな気がしたからということだ。






手を取って部屋から出て行く前に、息子を見る。
するとまだかろうじてシーツが掛かっていた。いつまた蹴飛ばしてしまうか分からない。
後で腹を冷やして痛い目を見るのはヤツ自身なので、せめて長いこと掛かってますようにと祈らずにはいられない。 それが親心というものだ。
そして、出来るだけ早いとこその癖を直した方がいいと改めて思った。
こちらは経験者が語るというやつだ。寝冷えは大人だって結構キツい。
そんなことを考えてると、お父さんにどうでもいいとこそっくりねーあの子と余裕を取り戻したらしい苦笑が聞こえてきた。
ばっちり考えてることを読まれていた。
母は強しというやつか。一生かなわないかもしれない。
それでも少しだけ悔しかったのでうるせ、と答えて握った手を引っ張った。
そして、そのまま二人で静かに部屋を出た。




翌朝、くしゃみをする息子を見て。 扉を閉める寸前に、小さな足が何かを蹴飛ばしたように見えたのが気のせいじゃなかったというのはまた別の話だ。

















「たまにはヘタレから脱却してみよう」がコンセプト。
っていうか子供の前で何やってるんだこの二人……!(チキン肌)


ものすごく久しぶりにかっこつけてる兄を書こうとしてみた。
だけど考えてることがやっぱりヘタレで泣けてきた(遠い目)
うおおおお、かっこいいエドってなんだ!(混乱)


2008年503の日記念。