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そしてオレは溺れてゆく
光が瞼に突き刺さる。耐えかねて目を開くと、真っ白な世界が広がっていた。
思わず渋い顔をする。だがそれも短い間のことで、すぐに世界は本来の姿を取り戻す。
なんのことはない。オレの目が慣れただけのことだ。
何回か瞬きをして、考えた。オレは、何処にいるんだろう。
窓の外を見る。鮮やかな空と枯れた大地のコントラスト。
あぁそうだ、オレは、今、汽車の中にいるのだ。
そして、レールを走る振動を感じながら、オレはまた考える。
何故だろう。何度も、何年も、飽きるくらい見続けた光景なのに。
どうして、懐かしさを覚えるのだろう。
しかし考えたところで、分からなかった。
いや、それに思いを馳せること自体、なんの意味もなかったのだ。
オレは視線を列車の内部へと戻す。
向かいに座った弟は、夢の世界にいるらしい。実に穏やかな表情だ。
オレはそのことに無性に満足と充足を覚えて、またひどく安心もする。
頬が自然と緩んでくるのが分かった。
そうしてから、肩に先程から感じていた重さへと意識を向ける。
決して、不快ではない。彼女の暖かさが、むしろ心地いいくらいだった。
それが、触れている部分からオレの中へと広がっていくような錯覚。
なんて、あったかい。なんて、幸せなんだろう。
オレは苦笑する。二人とも寝てしまったのか。
もう少しで故郷に着くってのに。
だが、オレは二人を起こそうとはしなかった。
しょうがないなと息を吐いて、視線を下げる。
その時だった。不意に、彼女のその指に光るものがあることに気づく。
瞬間、オレを襲ってきたのは、冷たいものだった。
充足感や、安心感、そんなものがバラバラと崩れていくような錯覚。
暖かさが急速に冷めてゆく気配。そして、理解する。これは夢なんだと。
現実ではないんだと。そうして、思い当たる。
先程感じた懐かしさの正体を悟る。
あぁ、これは幻想なんだと。オレが作り出したものなんだと。
オレは、あんな、指輪なんか、知らない。
そして巡ってくる思考はひどく冷静だった。
きっと、先程別れた女性の雰囲気が、彼女によく似ていたから。
きっと、あの女性が指輪をしていたから。きっと、あんなことをいってしまったから。
あんなことを、考えてしまったから。そんなことばかりが頭に浮かんでは、消える。
夢の中のことは、その中に身を置いている時はどんなにありえない事だってすんなりと受け入れるものだ。
それが覚めた後、なんであんなことを真実だと思っていたんだろうと思い返すのが普通。
「ああ夢だったのか」と否定できるから、笑い飛ばせるから。夢は夢として認識ができる。
でも、それなら。オレが今、身を置くこの世界は何なのだろう。
オレは夢から覚めている。これが現実ではないと、確かに、はっきりと、認識している。
それなのに、なぜ、この世界は崩壊しないのだろう。
オレは、何故、目を覚まさないのだろう。
否定したかった。
そうしないと、溺れてしまいそうだから。
笑い飛ばしたかった。
そうしないと、揺らぎそうだから。
だが、どうしようともオレの世界は壊れない。夢は、覚めてくれない。
その理由を考えて、いや、考えずとも理解できて、オレはどうしようもない気持ちになる。
こっちに来たことを後悔はしていない。
過去を否定する気なんて、更々ない。
何度やっても、オレは、同じ選択をするだろう。
あの女性に言ったことだって。その後で、弟に言った事だって。
全て本心から出たことだ。そこに偽りはない。
でも、本心の下。殆ど無意識の世界で。
オレは少しも考えなかっただろうか。まったく望まなかっただろうか。
あの変わらない故郷に帰ること。三人で、みんなで、帰ること。
そして、あの、輝くものを、彼女に。
「誰か」にどうか彼女を幸せにしてくれと託すのではなくて。
オレ達が、オレが 。
オレは絶望する。オレ自身が見せ付けてくる光景と、気がつかなかった願望に。
「下らない。だからなんだというのだ」
そうやって笑い飛ばせないから、余計にどうしようもなくなる。
自分の夢の中なのに、そこに馴染めなくて苦しくなる。早く覚めて欲しい。
こんな世界、壊れて欲しい。でも、オレは目を覚まさない。
夢の中に未だ、留まり続けている。思わず、目をぎゅっと瞑った。
両手を力一杯握りしめた。その痛みで、現実に戻ってしまいたかった。
でも、どんなに力を込めても夢は壊れない。
いっそ血が出るくらいまで、そう思った時だ。
左手に、ふと暖かさを感じたのは。
恐る恐る目を開くと、オレのより少し細い指が目に入った。
弾かれたように顔を上げると、視線が合う。
真っ直ぐにこっちを見てくる青色が。
窓からの光を浴びて輝く色素の薄い髪がきらきらと眩しい。
彼女は、笑った。微笑んだと言うよりは、眉を下げて困ったように笑って見せた。
オレは、何かを言おうと口を開く。
正しくは、開こうとした。
そして。
がたがたという規則的な列車の振動が体に響く。
眩しさに耐えるようにゆっくりと目を開けると、向かいに座る弟の姿が飛び込んできた。
どうやら景色を見ているようだ。しかし、こちらに気が付いたらしい。
おはよう、と言ってきた。
まだあまり頭は覚醒してなかったが、とりあえず、おうと応えておく。
「もう一時間くらいだって。例の町」
「………そーか」
「うん」
会話をしながら、オレはさっきまで自分がいた世界について考えていた。
いや正確には、オレは、何を言おうとしたのかを考えていた。
しかし、考えても考えても、思い出せそうにもなかった。
所詮は夢の中での出来事だ。正確に覚えているほうがおかしいのかもしれない。
なんだろう。オレは、一体、彼女に、何を伝えようとしていたのか。
何故、あれだけ覚めなかった世界は、唐突に壊れたのだろうか。
どうしてもう少しだけ、オレはあの中に居なかったのか。
でも、もしあのままだったら。オレは、結局何も言えなかったんじゃないかと思う。
そんな資格、オレには無いのだから。
そして同時に、何か言って、彼女から答えを貰うのが怖かったのかとも思う。
ああ、だから。空想の世界はあの時、破れたのだろうか。
まったく馬鹿げた話だ。たかが夢の中の話なのに。
現実的に、彼女に聞くことはもう無いというのに。
窓から振って来る光が眩しくて、オレは目を瞑った。
通路側に顔を向けて、背もたれに体重を預ける。眠る気はなかった。
そんな度胸すら、オレには無かった。
瞼に浮かぶのは、薄い金色。
そして、先程見た、手元に輝く銀色だ。
(元気だろうか、幸せだろうか。
お前のことだからきっと大丈夫だよな。信じてる。
オレ達は元気だ。どうにか、この世界で生きている。
この世界で、勝手な感傷に陥っている。
分かっている、遅すぎるって。今更だろうって。
なぁ、もし知ったら、お前はオレを詰るだろうか。
下らないと笑い飛ばすだろうか。
それともあの夢の中のような顔をして見せるのか)
映画後兄視点。
アル視点の『そしてボク達は途方にくれる』、ウィン視点の『それでもあたしは信じている』と繋がってます。
アル視点→ウィン視点→エド視点という流れです、一応(一応て)
兄視点、最短です。一番重症なのに、最短って(失笑)
アニメ兄は、生身アルがいつも隣にいる状況になって初めてウィンの大きさに気が付くと思います。
気が付くのが遅い分、ウィンのように覚悟も(ちゃんとした意味で)出来てなかったと思います。
そして、その感情をどうしたらいいのか分からなくなるといいです(希望)
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