木枯らしフーガ











薄い色の空は、高く、冷たい空気は澄み切っていた。
元気なのは、オレ達の前方1メートルを歩くデンだけだ。
黒い天然の毛皮にくるまれて、楽しそうに足を弾ませている。
それを見ると、なんだか無償に羨ましくなった。あったかいんだろな、アレ。
うっとりとため息を吐く。もくもくと白い息が派手に立ち上った。
わかっている。これが寒さゆえの現実逃避だってことくらい。



「あのさ」

「あー?」



愛想なく振り返る。
すると、ウィンリィはふふふと怪しげに笑った。



「いや、ね。昔から思ってたんだけど」

「何が」

「うん。あのさ、煙みたいじゃない?」

「は?」



だからコレ。そう言って、ウィンリィは、はあーっとわざとらしく息を吐いた。
もくもくと白いものが立ち上って、直ぐに消える。
それで理解する。確かに、そう見えなくもない。



「いやそれ煙じゃねえし」

「わかってるわよ」



さも当たり前に、真顔で返された。
オレが少なからず憤りを感じたその時、彼女は半眼だった。
そういや、声も低い。よっぽど寒いんだろう。
鼻を赤くして、ウィンリィは長く息を吐く。
白い、煙みたいな息がまた立ち上がった。
それが消えるまで見届けてから、寒い、と低く呟いた。
あれか、こいつも現実逃避したいんだろか。
とりあえず、オレの憤りを解決してくれる程の余裕はまったく無いみたいだった。
なんだかなあと思いつつ、また息を吐こうとする。
でもその前にくしゃみがでた。鼻水も出てきそうだった。
風邪を引いたかもしれない。
立ち止まって、鼻をすすりながら、考える。
こんなんなら、散歩なんか出なきゃよかった。
二人で散歩に出たのは、ほんの気紛れだった。
たまたま暇だったから。たまたま、アルがいなかったから。
デンが行きたそう、とか言うもんだから。
一緒に出かけたのは、それだって、きっと気紛れだ。
オレじゃなくて、向こうの。そこに何があるわけでもない。
期待をしてみても無駄に終わることがほとんどで。
帰ってきてから、こうやって一緒にいる時間は確かに増えた。
だけど、かといって何か起きるわけがない。
オレ達は相変わらずだった。
前と違うのは、右手がちゃんと寒さを感じることくらいで。
これでいいのか。このままでいいのか。
そう、思いはするけど。肝心の相手がこの調子で。
………これほどまでに、可愛げがなくて。
どうしろっていうんだろか。



オレは、また盛大にくしゃみをした。
すると気配を感じて、下を見る。目が合った。
デンは、どうかしたのとでも言いたそうな顔をしている。
なんでもないと言う代わりに、その頭をがしがしと撫でてやった。
黒い毛並みは、少しあったかい。
本当におまえ、いいなあその毛皮。



「どしたの、アンタ」

「別に」



なんでもない、今度はちゃんと口に出した。
向こうは納得しなかったらしい。眉を寄せて見せる。
でもそれ以上何も言ってはこなかった。
黙ってまた歩き始める。強くなってきた風が、冷たかった。
空は晴れているのに寒いって、反則だ。
昔、北に行った時よりは遥かにましだが、それにしたって寒いもんは寒い。
耐えきれなくはないけど、やっぱ寒い。
また鼻水やらくしゃみやら出てきそうだ。
だけど、それより、気になることがあった。



「……なに人の後ろに隠れてんだコノヤロ」



徐々に歩くスピードを落として、人を風避け代わりに使ってるウィンリィだ。
体を縮こめるようにして隠れている。



「だって、風、寒いじゃない……!」

「オレだって寒いわ。てめっ、隠れんな前出ろ!」

「やだ寒い!い、いいじゃん、減るもんじゃなし」

「そういう問題じゃねぇだろがっ。ちくしょっ隠れんなっ」

「いやだってば!」

「オレばっか寒い思いしてたまっか。ほら前出ろ前!」



人の後ろに止まろうと踏張るウィンリィをむりやり前に引っ張りだそうとする。
もちろん抵抗された。つか、目付きがマジなのな、こいつ。
なんつーか、その。やっぱ。あー………可愛くない。
それでも力まかせに引っ張りだすと、渋々また横に並んだ。



「ケチ」



吐き捨てるようにつぶやかれた。
その後、諦め切れずにぶつぶつ言うのを無視して、オレは足を速めた。
こんな日は早く帰るに限る。
そう決意して、十メートルくらい進む。
すると突然、強い風が吹いた。
デンですら動きを止めてしまうくらいだから、よっぽどのものだった。
体温が急速に奪われていく。
寒い。いや、ここまでくるといっそ、痛い。



「…さ…寒っ…!」

「お…おう…!」



思わず同意した。
隣を見ると、耐えきれないといった感じで、ほとんど涙目だった。
まあ気持ちはわからなくもない。



「あっ、ありえないわよこの寒さ……!」

「ま、まったくだ……!」



驚愕した声もふるえた鼻声だった。オレの声も同じような鼻声だった。
ついでにまたくしゃみが出た。鼻もまたすすった。
このままここにいるとやばいと本能で悟る。



「お、おいっ。さっさと帰るぞ!」

「う、うんっ」



答えを聞いて、オレはさらに足を速めた。
風を切って歩く行為はめちゃくちゃ寒かった。
でもそれより早く帰って火にあたりたい気持ちの方が強かった。
なんか今日はろくな日じゃない。
こんな日は、家の中であったかいコーヒーでも飲んでゆっくりするに限る。



「ちょ、速いっ。待ちなさいよ!」



声がかかったのは、既に無心の境地に至っていた時だった。
我に返って振り返る。すると、オレの後方5メートルの位置。
そこにウィンリィと、心配そうに主人を見るデンがいた。



「おせーよ!」

「だ、だって。アンタ速すぎ!こんなん、おっつけるわけないじゃない!」



少し息を荒くして言われた言葉に、睨み返したのは無意識だった。
すると睨み返された。
それに僅かながら動揺したのは、これもまた無意識だった。
歩くのが速いのは性分の問題だ。特に、こんな時は余計にそうだ。
ふと、昔。まだ、鎧の姿だったころアルの言葉を思い出す。
無駄に歩くの速すぎなんだよ兄さんは。
無駄の部分は強調されていた。
そこに弟の何かしらの悪意を感じたのは、きっと気のせいではないだろう。
思い出して、ちょっとムカついてきたその時だ。
また強い風が吹く。



「………!」

「………!!」



もはや言葉を出す気にもならなかった。
なんだこれ。この寒さ。ちくしょ、マジ、早く帰んねーと。
足を動かそうとした時、昔のことがまた頭の中に蘇った。
無駄に歩くの速すぎなんだよ兄さんは。
オレは妄想の弟に、前とおんなじように反論する。
癖なんだよ、しょーがねーだろ。
そしたら、あいつは、また何か言ったんだった。
そう、確か。深くため息を吐きながら。



もっとさ、一緒に歩く人の気持ちになってよ。










ふと動きを止めた。後ろを見る。
ウィンリィとデンは3メートルくらい後ろだった。
どうしたらいいかは明白だった。
でも、今更ってか、なんか変に悔しかった。
考えたのは一瞬。



「………おい」

「なによ」



大股で近づいて、左手を掴んだ。
そのまま引っ張るようにまた歩き始める。
風は相変わらず、ありえないくらい冷たい。
ウィンリィの手は、たぶん冷たい。
確証が持てないのは、オレのとの温度差がないからだ。



「え、ちょ……あ、アンタ、ちょっと、なに、って待っ……」

「待たない。寒い。早く帰んぞ」

「はぁあ!?」



思い出したことを気にしなかったといえば嘘になる。
でも別にそればっかじゃなかった。本当にさっさと帰りたかったのだ。
弟が求めていたこととは何か違う気もするが、根本的にはこれでいいはずだ。
早足には違いないが、一人の時よりは少し、たぶんゆっくりだと思う。
まぁ、たぶん、だけど。
そういえば、こうして歩くのは、おっきくなってから初めてかもしれない。
でも、それについては敢えて詳しく考えないようにした。
考えたところで、精神的に色々よろしくないのが確実だった。
ウィンリィは、しばらく何か喚いていたが、オレが何にも言わないもんだからさっさと諦めたみたいだった。
顔を盗み見ると、少なくとも怒ってはいないみたいだ。
それに、少しホッとする。
どっちも何にも言わないでしばらく歩くと、突然デンが吠えた。



実家に等しい家はもう、すぐ近くだ。

















だからどうした、という話。
かわいくないウィンリィと右腕が元に戻ったエドを書いてみたかっただけです(え)
カルタに超影響されてんのな、自分!(失笑)

ウィンリィは軽くツンデレってた方が萌えます。もちろんそれ以上にエドがツンデレってるのがデフォです。
そしてアルの影が見え隠れするのは、管理人の趣味です。


2008年一発目。