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続・これがオレのメイド様!
決戦は今日だ。
仕事机にうず高く重なった書類にサインをしながら、青年、エドワードは考えた。
部屋の窓から暖か、というには少々熱すぎる太陽の光が、黒いスーツを着込んだ背中をじりじりと焦がしていることに無視を決め込んで、彼は考えた。
麗かなりし春の日の午後。
世間は春だ何だと浮かれる今、恋の季節だ愛の季節だと詩人が持て囃すこの瞬間。
こうして仕事に明け暮れる理不尽さを感じないわけではないけれど。
否、ひどく感じていたりするけれども。
だが、そんな色気もない日々がこれから変化するかもしれないのだ。
何で自分ばかりと嘆く日々は今日で終わるかもしれない。
そう、決戦は今日。
手を動かしたまま、ちらりと視線を動かす。
金色の瞳に盗み映したのは、机のすぐ傍のワゴンで彼のために午後のお茶の支度をするハウスメイドの姿だった。
鼻歌混じりにティーポットを傾けるその横顔に、俄かに早鐘を打ち始める心臓を黙らせる。
目線をまた書類に戻して、ふうと息をついた。
それから、意識と視線を自らの机の下に。
――――正確には上から二段目の引き出しの奥に向ける。
そこには、エドワードの最終兵器が眠っていた。
長年に渡って攻略不可能だった彼女という名の砦を陥落させるための、贈り物という名の最終兵器が。
彼と彼女の付き合いは長い。
孤児だった彼女、ウィンリィをエドワードの母であるトリシャが引き取って、この屋敷でハウスメイドとして働かせてからもう十年近くになろうか。
いわゆる幼なじみといっても過言ではないくらいに親しい、と彼は信じている。
だが、そこにそれ以上の関係はない。
ただの幼なじみ。使用人と主人。
そんな言葉でしか、二人の関係を言い表わせないのだ。
そのことは、少なくともエドワードにとってはおもしろくなかった。
非常に否めないことであった。
小さな頃から、それこそ十年近く前から彼女を想ってきたのだから。
しかし、その関係に大胆な変化を望むには中々勇気と覚悟がいるものだ。
タイミングだって重要だ。 慎重に慎重を重ねて、その上更に用心を重ねても足りないくらいである。
例え、いい加減早く言いなよ、と弟に呆れられようとも。
こればっかりは二の足を踏んでしまうのが現状。
失敗は許されないからだ。決して。
しかしもちろん彼とて、今まで想いを告げようとしたことはある。
数えてるだけで二十一回程ある。
だが、そのどれもが無残な結果に終わっていた。
エドワード自身が言葉にできなかったのがその大半だ。
だが、それ以上に。問題はウィンリィの方にあると彼は考えている。
何せ、そのテのことに鈍い彼女だ。
実の弟にも、果ては両親、使用人にさえも何となく悟られているエドワードの分かりやすい感情に気が付かないのだから。
それは考えてみればありがたいことかもしれないが。
しかし、やはり鈍すぎるにも程がある。
自分が言えないことは棚に上げて、エドワードはそう嘆かずにはいられない。
だが、そんな悩みも今日で終わる。
結果がどうなるかは皆目検討も付かないが、最終兵器も買ったのだ。
後には引けない。
この書類の束を処理したら、彼女に告げるのだ。
長年ため込んだ、ありったけの気持ちを伝えるのだ。
嗚呼、だがしかし。
「………終わんねぇ」
ぽつりと呟く。
この仕事が終わってから、そう心には決めたものの。
書類の束は悲しいかなまだかなり、いや大分残っている。
いったいどれくらいかかるのか。いつになったら言えるのか。
それを考えると、なんだか足元の辺りからぞわぞわっと恐怖が沸き上がってくる。
なのでぶるぶると頭を振って、また書類にとりかかろうとエドワードがペンを握る手に力を込めた、その時だった。
「相変わらず大変そうねぇ」
そんな感嘆めいた声と共に、エドワードの鼻先を暖かな湯気と華やかな香が掠めた。
はっとしながらも、反射的に顔をしかめてその声がした方を見る。
案の定、紅茶の入ったカップを彼の机に置くウィンリィの姿があった。
身につけた白いエプロンが眩しい。
薄金色の髪が、春の光を浴びてキラキラと輝いている。
「あんた、いつか仕事のしすぎでぶっ倒れちゃうんじゃないの?」
「…うっせぇーよ」
お世辞にも可愛げのあるとは言えない言葉に、紅茶を手にしながらエドワードは答えを返す。
そのまま口に運ぶと、暖かい液体がゆっくりと広がるのがわかった。
書類との長時間に渡る睨めっこで疲れた体を包み込んでくれる。
思わず、ふうと息を吐いた。
そんなエドワードの姿をみて、満足そうにウィンリィは微笑む。
「おいしい?」
「……おう」
「ならよかった」
それだけ言うと。
彼女は使用した茶器の後片付けをしにワゴンが置いてある場所へと戻った。
多くを語らなくても、この若い主人のことなど分かるのだ。
最も、肝心なことに気付きはしないのが彼女らしいといえばらしいのだが。
エドワードは、紅茶を啜りながらそんな鈍感な彼女をまた盗み見た。
紅茶は相変わらずうまい。惚れた弱みとかは関係ナシに、彼女の紅茶は美味しいのだ。
もしかしたらこれも惚れた要因の一つなのかもしれないが。
そんなことをぼんやりと考えながら、机の引き出しに視線をやった。
カップを置いて、そこを僅かに開ける。小さな箱が、姿を見せた。
エドワードはそれを見ながら考えずにはいられない。
今日こそ、と。今日こそ、これを渡して告げるのだと。
「……エド?」
不意に聞こえてきた声に、はたとエドワードは我に返った。
反射的に引き出しをしまう。
ばしん、と大きな音が部屋に響いた。
「な、なんだよっ」
「な、なんだよって……それはこっちの台詞よ。
ぼーっとしちゃって。っていうか今なんかすごい音したけど何か」
「べ、別にっ。なんでもない。気にすんな」
「気にすんなってあんた……」
「マジで気にすんなって!なっ!」
エドワードは、へらへらと笑いながら、しかし声高に言い放つ。
ちなみに両手も胸の前でぶんぶんと振ってみた。
しかしこちらを見てくる空色の視線が、痛い。
背中には嫌な汗がだらりと流れてくる。
彼女が怪しんでいるのをひしひしと感じた。やばい。
いったいどうすればいいのだろうか。
しかし普段は高性能な頭脳は、その答えをまったく導いてはくれない。
だが幸いにも、それ以上彼が追求されることはなかった。
ため息一つ、まあいいけどと告げて、ウィンリィは視線を戻したからだ。
また茶器の片付けに没頭する彼女に、エドワードは内心で大きく息を吐く。
この数秒でなんだか寿命が縮んだ心地がした。
ああ、心臓に悪い。
だが、そうしながらも同時に、これでいいのかという考えが頭を過った。
もしかしたら、今は最大のチャンスだったのではないだろうか。
仕事が終わってから、なんて期限をつけたはいいが。
それにこだわりすぎるのもどうなんだろうか。
そんなことにいちいちこだわって、今まで失敗してきたのはどこのどいつだとも。
そうだ。エドワードは、眉を寄せる。
見つかったノリと勢いで、一気に言ってしまえばよかったのではないか。
ゆらりと気持ちがこの瞬間の告白へと揺れ始める。
だが、彼自身の慎重な部分がそれに異を唱えた。
いや、しかしそうは言うものの。
やはりタイミングとケジメは大事だろう。
それを欠いたらうまくいくものだって失敗するんじゃないか。
でも、次のチャンスがいつ訪れるかはわからない。
もしかしたら、今日はもう会えないかもしれないのだ。
エドワードは、考える。だが、答えは出ない。
ただ悶々とそんな自問自答を繰り返す。
「……じゃあエド。あたし行くから」
声がかかったのは、やっぱり今はナシだろ、と脳内会議が結論を出そうとしたその時だった。エドワードは、はたと顔を上げる。
と、茶器の片付けを終えたウィンリィがこちらを見ているのがわかった。
目が合う。どき、とエドワードの心臓がまた跳ねるのと同時に、仕事頑張ってと明るく告げて、彼のお気に入りのハウスメイドはワゴンを押して足を出口へと向ける。
ちなみに、やわらかな笑顔というオプション付きで。
不意打ちにも近いそれに、エドワードの脳内議会は俄かに混乱をし始める。
出した結論が、ぐらりと揺らぐ。
「…あ。ち、ちょっ!」
気付いた時。彼は、声を上げていた。
彼女を、呼び止めていた。
振り返ったその姿、正確には不審そうな顔に、エドワードははっと我に返る。
「何?」
「へっ?あ、あの……」
頭が真っ白と言うのは、正にこんな状況のことを言うのであろうか。
エドワードは混乱した。自分が何をしたのかがわからない。
何故かも当然わからなかった。本日最大級の混乱だ。
そしてなんでもない、といまさら言える状況ではなかった。
何してんだと数秒前の自分を悔いずにはいられない。
しかしそうしている間にも、ウィンリィの疑問は強くなるようで。
あー、だのうー、だのと繰り返すエドワードに、どうしたのよとまた口を開いた。
「……あんた、さっきからおかしいわよ」
近づいてから。
熱でもあるの、とウィンリィは顔を覗きこんでくる。
今にもおでこに手を当てそうな、そんな様子だ。
「ち、違げぇよ!」
思わずぱっと顔を離しながら、エドワードは叫んだ。
いきなり近寄るな心臓に悪いわ、とも叫びたかったが、それは一先ず胸中だけにしておく。
また、問題はそんなことではないだろう。
「じゃあ、いったいどうしたのよ?」
まったくもって正論が返ってくる。
ちなみに、そう言うウィンリィの青い瞳からはひしひしと呆れと疑問を感じた。
「どっ、どうしたって……そりゃ…」
「そりゃあ?」
「や、その……あの…」
こちらを真っすぐに見つめてくる瞳に、エドワードはごくりと喉を鳴らした。
もはや逃げられないのか。そう考えると、いっそ恐怖さえ覚える。
しかしながら僅かに残る冷静な思考は、逃げられないのだったらいっそ、とも彼に訴えていた。
さて、どうするのか。
彼は、ウィンリィの顔と二段目の引き出しを一瞬のうちに見比べた。
僅かばかりの間を置いて。長く深く息を吐いてから。
とうとう、観念したかのようにエドワードはゆっくりと引き出しに手を掛ける。
中から件の箱、つまりは彼の最終兵器を取り出して、何事かとますます疑問を顔に出すウィンリィに突き付けた。
どうせ今日渡すつもりだったのだ。ならば、と開き直ることにする。
だがしかし、直視は出来ずに視線は大げさに外したままだった。
「や、る」
「へっ?」
「やる。くれてやる。う、受け取れッ!」
ぶっきらぼうに言い放ったことにしまった、と思ってもそれは後の祭りだったりするのだが。
だがエドワードはそう思った。
彼女からの反応がまるでなかったために、余計にそう思ってしまった。
なので、ん、と再び箱を彼女に突き出す。
すると、それを受け取ってくれたことは感触でわかった。
だが、やはり反応が無い。耐えかねて、恐る恐るウィンリィの方を見る。
すると茫然と箱を見る彼女が視界に映った。
「これ…」
ようやくウィンリィが口を開いたのは、少し間を置いてからだった。
だがその声や言葉からも、彼女の困惑がよく感じられて、エドワードは大いに慌てた。
マズい。彼は焦って、言う。
「や、いや、その。おっ、お前には普段世話になってるっつーか。
だッだから!その礼っていうか、何ていうか、その……」
しかし肝心の言葉はしどろもどろ、且つ尻すぼみになってしまった。
おまけに本来の目的からは大いに外れた理由だった。
最悪だ。エドワードは胸中で呟く。だがいまさら撤回もできない。
なのでとりあえず、言葉を続ける。
「い、いーから。開けてみろッ」
「え。で、でも」
「いーから!」
切羽詰まったようなエドワードの声に、驚いてびくりと震えた後。
ウィンリィは、躊躇いながらもゆっくりと手にした小箱を開ける。
そして、その中から姿を見せた物に、彼女は思わずその目を見開いた。
「これって……レースの……」
箱の中に入っていたのは、真っ白なレースのハンカチであった。
花をあしらったその姿は、なんとも愛らしい。
また、布地の部分にはよく見ると品の良い刺繍が施されている。
控えめで素朴ながらも美しいそれは、彼女にどことなく似ていた。
信じられない様子で、しばしそれを見ていたウィンリィであったが、はっと我に返るとエドワードに向き直った。
「こ、こんなのもらえないわよ!」
「……へっ?」
突然、拒否の言葉を投げ掛けられてエドワードは思わず間の抜けた声を出した。
「た、高そうだし。っていうかそもそも!
使用人が主人からこんなものをもらう理由なんてないじゃない!」
だから、返す。
そうやって突き返された最終兵器に、エドワードは目を一度ぱちくりさせた。
なんとも真面目な彼女らしい理由に、変な所で納得もする。
ああ、お前ってそんなヤツだったなぁと。
そして、やはりただの主人としか思われてないことに若干傷ついてみたりもする。
だが、すぐに我に返って突き返されたそれを、再び彼女へと突き出した。
「い、いいって!もらっとけって」
むしろ貰ってくれないと困るのだ。
今後彼女以外にそれを渡す予定はまったく無いのだから。
だが、そんな彼の気持ちなど気付きもしないウィンリィは、納得がいかないような声を出す。
「でも」
「いいから!あー、ほら……主人とか使用人とか、全然関係ないし」
感謝の気持ちだから、と差し出すと、ようやく納得したのだろうか。
しかし、躊躇いがちにおずおずとウィンリィは受け取った。
そして彼女は、また茫然とレースを見つめる。そして、告げた。
「ほ、ホントに……いいの?」
それにおう、とぶっきらぼうに答えてから。
気恥ずかしさからエドワードは不自然に頭を掻きながらまたふい、と視線を逸らす。
だが、しばらくした後に聞こえてきたにほぅ、と息を吐く音に彼は視線を戻した。
すると、じっと贈り物を見るウィンリィの姿が見える。
「…あ、あたし。レースのハンカチって、あの、そのっ……憧れ、で……」
「そ、そっか」
小さく告げられた言葉に答えながらも、しかしエドワードはそれを知っていた。
前に、一度だけ彼女がそう言っていたのを聞いたことがあったからだ。
だからこそ、贈り物はコレと決めていた。
羞恥心に無視を決め込んで、売り子に選んでもらったのだ。
しかしもちろん、そんなことを彼女が知る由もない。
ぎゅ、と箱を抱き締めるかのように両手で持つ。
そして、独り言のようにまた小さく、呟いた。
「………嬉しい……」
僅かに頬を染め、うっとりと瞳を閉じた表情を見せる。
それは彼女の心からの喜びを示しているようであった。
思わず見とれてしまいエドワードは、彼女よりも遥かにわかりやすく頬を染めてしまう。
だが、直ぐにはっとした。彼の第六感が、激しく告げていたからだ。
今だ、と。今、この時に言わなければいつ言うのかと。
覚悟を決めて、彼は喉をごくりと鳴らした。
大丈夫、今なら言える。そう、自らを鼓舞してみる。
そして、息を吸い込んでから、彼は恐る恐る口を開いた。
「あの、さ、ウィンリィ。オレ……」
しかし、言葉が途切れてしまった。俄かに暗雲がエドワードの頭の中に立ち込み始める。
ヤバい。このパターンは非常にヤバい。彼の長年に渡る経験はそう告げている。
だが、今回ばかりはここで諦めるわけにはいかなかった。
いや、諦めてやるものか。
挫けてしまいそうになる心を叱責して、エドワードはまた大きく息を吸い込んだ。
そして。
「……オレ、お前がっ」
「ありがとう、エドっ!!」
「ずっと好………あ゛?」
くるりと振り返って。
満面の笑顔で告げられた言葉に、エドワードの決意は見事にかき消された。
否、攻略不可能な砦は、彼の捨て身の突撃にまったく気付きもしなかったと言うべきか。
とりあえず言えるのは、告白は不発に終わったということだった。
いや、不発ならまだいい。
まだ、爆発する可能性があるのだから。しかし。
にこにこと彼の最終兵器を見つめるウィンリィに、これ以上何を言えるというのか。
つまり、不発ではなかった。まごうことなき、失敗だった。
これで何回目になるだろう。聡明な弟に聞けばきっと教えてくれただろう。
聞く気だって話す気だって皆無だけれど。
しかし何故か彼の声がエドワードの頭に流れてきた。二十二回目だね兄さん、と。
嗚呼。なんだろうか。
とりあえず自分の妄想ながら、余計なお世話だと叫びたくなる。
「ホントにありがとう!すっごい、嬉しい!」
そんなエドワードに追い打ちをかけるかのように。
にこにこルンルンとしたウィンリィの声が響く。
しかし、彼は彼女とはまったくもって違う心境だった。むしろ、泣きたい気分だった。
だが現実としてここは泣ける状況だろうか。その答えは簡単である。否、だ。
ははは、と乾いた笑いが、エドワードから零れ始める。
それをみて、何を勘違いしたのかウィンリィはまたとびきりの笑顔を彼へと向けた。
それがまた、エドワードを深く傷つけることに気が付かずに。
「えへへー。大事にするねっ」
トドメの如く。弾んだ声で告げてくる彼女に、今更告白ができるだろうか。
出来るエドワードなら、とっくの昔に言えているだろう。
彼は、はああぁぁ、と今日一番のため息を深く長く大きく胸中で吐いてから。
「……おーう……」
力なく呟く。
切なすぎる心を、とりあえず彼女が喜んでくれたのだからとエドワードは必死に慰めようと試みる。
だが、到底それは癒えそうもない。
じりじりと背中を焦がす太陽にでも八つ当りしたい気持ちと、おいおいと泣きたい気持ちが交ざりあった複雑なオトコゴロを持て余しながら、彼は机に突っ伏した。
どうやら、まだまだ彼に春は訪れそうにない。
タイトルどおり19世紀英国風パロの、真面目じゃないほうの続きです。
コイツきっと一生言えないよね!(にこー)(酷ッ!)
ぶっちゃけ『エマ』で「レースのハンカチが憧れ」って台詞があって、それを書きたくて書いたもの。
ただそれだけの話です(え)
2007年503の日記念小説。
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