それでもあたしは信じている









あまりの眩しさに目を開けると、流れる空は青く晴れ渡っていた。
窓の外に広がる景色は乾ききった砂と石ばかりで、それはこの汽車が南へと向かっていることを明確に示している。そこをオレンジの太陽がきらきらと照らしていた。
初めてこの汽車に乗った時、それはちょっとした驚きだった。
だけど、あたしにとってそれはもう馴染みのものだ。
ぼやけた瞳のまま、ぐるりと辺りを見渡してみる。無意識だった。
下りの汽車、しかも平日ということもあって乗客は疎らでひどく静か。
どこか奇妙な程この空間は穏やかで、緩やかに時が流れている。
平和な日常、とも言えるかもしれない。
思わず、欠伸をする。それから二、三度瞬きをした。
そうしながら考えたのは、今の今まで見ていた夢のことだ。



そう、夢。おそらく、夢だ。
確信が持てないのは、それは夢と言うにはあまりにもはっきりとしすぎていたからだ。
でも、だからといって、それを現実と考えることは出来ない。
そう信じる程、あたしはもう幼くないから。












そう、あれは夢だった。優しくて、幸せな、だけど切なくて脆い夢だ。
戻れないと知っている過去の思い出達だった。だからだろうか。
こんな時、考えるのはいつもあの兄弟のことだ。
ちゃんとご飯食べているだろうか。ちゃんと寝ているだろうか。
無茶していないか。怪我とかしてないだろうか。
機械鎧は大丈夫なのか。不具合はないか。
そう、考えるといってもそんな心配ばかり。
そしてその度にあたしは呆れた気持ちになる。
自分自身に対して。それと、あいつらに対して。
いつまであたしは心配してるのよと苦笑する。
いつまで心配かけるのよと嘆いてもみる。
面と向かって言いたいくらいだ。
まってくもう、しょうがないんだから。






でも、不思議と心は晴れやかなままだった。
不満そうに顔を歪めたあいつと、不服そうに眉を下げたあの子の表情が浮かんできて。
あたしは思わず苦笑を零す。
想像上の彼らの口からそういうお前はどうなんだよ、と聞こえてきそうでなんだか可笑しかったからだ。















どうなんだ。
その問いに対してのあたしの答えは、呆れるくらいに単純だ。
うん、大丈夫。元気にやってる。それだけ。
もしそれに付け加えるとしたら、
“あたしは、あんた達より幸せになってやるわ。見てなさい!”こんな言葉だと思う。
そうぴしりと、指を指していってやれたらどんなに楽しいだろう。
あいつらの、特にあいつが呆気にとられた後の仏頂面が目に浮かぶ様だ。
そこまで考えて、思わずまた笑った。苦笑だった。
こんなの、結局あたしの勝手な想像に過ぎないから。


だってあいつらには、あいつには、もう二度と会えないのに。









それでも、あたしはやっぱりそう言ってやりたかった。
そして言葉通り、幸せになりたかった。ならなきゃ、いけなかった。
これからの人生、とっても素敵な人と結婚して、可愛い子供達や孫に恵まれて。
ずっと笑って生きていきたかった。
誰からも幸せな人生と呼ばれるような、そんな人生を送りたかった。
そしてその後で。


あたしは、あたしは逢いたいのだ。














そう、逢いたい。逢えたら、いい。
そしてもし、もし本当にあいつらに逢うことがあったら。逢えたのなら。
そしたら胸を張って言いたい。
あたしは、大丈夫だったよ、と。ちゃんと幸せだったよ、って伝えたい。
矛盾していることはわかっている。二度と、あいつらには逢えないってわかってるのに。
だけど、あたしは不思議と当たり前のようにそう思うのだ。
いつか、必ずまたあいつらに逢えると。




それはきっと此処ではない何処か。遠い遠い先の話。
そこで、逢えると、そう信じたい。その時、得意げに笑うあたしにあいつらは。
あいつは、どんな風な反応を返すのだろう。
呆気にとられた後で文句を言うのか。ただ静かに笑ってみせるのだろうか。
それとも、お前だけじゃないとあたしに負けないくらい得意げに笑うのだろうか。
出来れば、最後のであって欲しい。
そして、笑い合えたらそれでいい。



それだけで、いいような気がする。











だから、あたしは幸せになる。ならなきゃいけない。
そうじゃなかったら、あいつらは、あいつはきっと怒るだろう。
何やってたんだ、なんて呆れたように。
そしてあいつは悲しむだろう。泣きたいくらい優しい人だから。
あたしは、あいつのそんな顔なんかどっちも見たくない。
怒られるのはひどくシャクだし、悲しまれるのはとても心が痛む。
だから、あたしは絶対に幸せになりたい。絶対に。
もちろんあたしだけじゃ駄目だ。
あいつにだって、とびっきり幸せになってもらわないと困る。
本音を言うと、あたしよりもずっとずっと幸せになって欲しいのだ。
今までの分、余計に。
もちろんあの優しい弟だって同じだ。二人とも、幸せに生きて欲しいから。
誰よりも穏やかに。誰よりも、幸せに。



だけどそう思うのは結局はあたしの願望に過ぎないのかもしれない。
もしかしたら、二人ともあたしのことなんか忘れてるかもしれない。
あたしのことなんか、もう思い出さないのかもしれない。
そうだったらいい。そうだったら、どんなに素敵だろう。
だって、そうだったらあいつらは今、幸せってことじゃない。






だけど、それでも。勝手だけど。
あたしは、信じたいのだ。
あたしがあいつらを忘れないのと同じように。
あいつらも、あたしのことを覚えていてくれてる、と。
そして、いつか。
いつか必ず、逢えるということを。










それはただの夢。
だけど決して覚めることの無い程強く鮮やかな。
憧れや希望に似た、あたしの夢。


















一つだけあたしは息を吐いた。
汽車の中は、相変わらず穏やかで静かで、そして平和そのものだった。
窓の外の景色は相変わらず荒涼たるそれだ。
あたしは目で追いながら、この汽車に初めて乗った時のことをぼんやりと考えていた。
ああ、あの時は確かあいつらが一緒だったのだ。あいつらが、あいつが一緒だったのだ。
それは泣きたくなるほど穏やかで、そして夢みたいな過去。
だけど優しい夢はいつか必ず覚めてしまう。時が戻れないのと同じように。
だからこそ、人は前に進まなきゃいけない。
矛盾を抱えたって、進まなきゃいけない。
あたしは、あたしは進みたい。進みたいと思う。


いつか来るその時まで、ただひたすら、真っすぐに。







太陽はまだ高いままだった。ラッシュバレーまではまだ随分と時間がある。
もう一度寝てしまおうと、あたしは瞳を閉じた。
次第に消えてゆく意識の中、最後に目蓋に映ったのは金色。


それと、鮮やか過ぎる程の笑顔だ。















(元気ですか?大丈夫ですか?機械鎧はどう?
 あたしは大丈夫。どうにか頑張ってます。
 此処で、生きてます。あんた達の、あんたの幸せを信じています。信じたいのです。
 あたしは、あんた達が今でも大好きだから。
 あんたを、ずっとずっと大好きだったから。
 誰よりも何よりも幸せになって欲しいのです。
 ねぇ、あんた達は。あんたは。大丈夫だよね?幸せ、だよね?)























MEMO再録。映画後。
『だからボク達は途方にくれる』(アル視点)→これ→『そしてオレは溺れてゆく』(エド視点)とつながります。


ふっきれているようでふっきれてない彼女の話。
彼女には本当に幸せになって欲しいです。
でも、こんなことを考えていた頃があったと考えて、2006年の大晦日に書きました。


いつか本当の意味で彼女が幸せになる日を祈りつつ。