モノクロームの部屋





目に映った光景。
それはいつもの自分の部屋とそれほど違いは無いように見える。
ただ、カーテンを締めているわけではないのに見慣れたはずのそこは薄暗かった。
二、三度瞬きをしてみてもやっぱり暗い。
ちらりと時計を見てみる。針は夕刻を示していた。
夏ならまだしも、今は初冬の季節。
ああ、だからこんなに暗いのかとぼんやり思った。それから、反射的に身を起こす。
もうそろそろ夕ご飯の用意をしなければ。
早くキッチンに――――そこまで考えて。あたしははっとする。
そして、起こしたその体をまたどさりとベットに預けた。
ぎしりという鈍い音が、ひどく厭でまた目を閉じてしまう。
いつもは気にならないことが、気になって。


何故?


それは、左手に今でも残る感触がよく、知っている。







久しぶりに兄弟が帰ってきて。
それで、久しぶりに喧嘩をした。あいつと。
原因は、あんまりよく思い出せない。たぶん、つまらないことだと思う。
でも今日は、いつもの口喧嘩とは違っていた。
互いに変に気が立っていたのかもしれない。
普段は見逃すような言葉の刺に、二人が二人とも一々反応して。苛立って。
その結果、ひどく辛辣な言葉を口にしてしまった。
逆に、突き刺さるようなことを言われた記憶もある。だけど、そんなのはまだましだった。
最後の一言に比べたら。あの言葉より、ずっと。
あれを耳にした瞬間にまず訪れたのは衝撃。
そして、言い様のない怒りと悲しみがあたしを支配して。
気が付いたら、空いていた左手で、あいつを。
左掌に感じる鈍い痺れに我に返ったのと、泣いていると知覚したのは殆ど同時。
こちらを呆然と見る金色の視線に耐えられなくなって。
逃げるように部屋から出たのは、それから直ぐのことだ。






結果、あたしはこうして目を閉じて、自分のベットにいる。
どうしようもなく沈んでゆく感情を持て余している。
そうしてからもうどれくらいの時間が経ったのだろう。眠いわけじゃない。
ましてや、寝ていたわけがなかった。だけど、どうしても体を起こす気にはならない。
その理由は二つ。一つは実に単純なことで。
そう、とても単純。ただ単に体が怠かった。少しだけ、頭も痛い。
だけど、それは結局もう一つの理由が原因なことくらい、それくらいわかっていた。
そう、もう一つ。それはあたし自身の感情に起因する。
ひどく解りにくいもの。本質は同じ。でも性質は違う、この気持ち。
そう、あたしは傷付いていたのだ。


あいつに言われた言葉と、あいつにやってしまった行為の両方に。






気を抜くと、容易く甦るあの言葉。
実を言うと、あたしはどこかでそれに納得している所があった。
当たり前なことだと分かってもいた。だけど、やっぱりそれでもショックで嫌で。
でも、分かっていたのならどうして。
こんなに、こんな、我を忘れるほど腹立たしくて悲しくて泣きたくなるのだろうと思う。
そんな疑問が、衝撃を受けた頭を巡っている。
なんで?あたしは、ちゃんと理解していたはずなのに。
あいつが、あいつの、ことなんて。そんなことばかりが、ただずっと。
そしてあたしは無償に、泣きたくなる。喚いてしまいそうにさえ、なる。



必死で零れそうになる感情を押さえて、顔を上げる。
歪んできた視界に映る部屋は、相変わらず暗い。
自然に、両手であたしはごしごしと目を擦る。思ったよりも手は暖かかった。
そのことに少しだけ驚く。
あいつに、あんなことをした手のくせにと、自嘲した自分が哀しかった。



「………なん、で」



また枕に顔を埋めて、無自覚に漏れた言葉の続きを思う。
あんなこと、と。自分が傷ついたからって、その相手に手を上げるなんて。
そんなこと最低だ。しかも、素手で。
あの時、相棒を持っていた右手ではなく左手で。
どうして、あたしはそうしちゃったんだろう。
どうして、手で殴っちゃたんだろ。
どうして、それほどまでに傷ついたんだろう。




また目元に暖かさを感じて、思わずシーツを握り締める。
そうしている間に、部屋はますます暗くなってゆく。
早く、キッチンにいかなければという義務感はあるのに体は動こうとはしない。
あいつに、ちゃんと言わなきゃという罪悪感はあるのに、頭は動かない。
そう。あいつに、謝らなければ。謝りたい、のに。
でも、そう思っているはずなのに。
あいつの顔を思い浮べるとそんな感情以外のものも込み上げてくる。
なんであんなこというの、という憤慨。
それと、やっぱり哀しくて悲しくて辛いっていう気持ち。
綺麗じゃない思いは交ざりあってぐちゃぐちゃになって、あたしをこんなに動けなくしている。
わからなかった。何もかも。
どうしてこんな気持ちになるのかも、どうしてあたしが何も出来ないのかも。


あたしは、あたし自身がもう解らなかった。






だけどこうしていることが不毛だとはわかる。
もう時計は完璧に夕ご飯の時間を指していた。タイムリミットだ。
あたしは、なんとか体を起こす。ため息をつく。ぱしりと頬を叩く。
そして涙を、拭った。その時、乾いた音が二回ほど暗い部屋に響く。
何、と考える暇は無かった。



『………ウィンリィ』



数時間ぶりに聞いた声は想像よりも低かった。
でも、あたしにはそれがなんだか妙に嬉しくて。そんな自分が本当に、わからなかった。
でも、ただ、また泣きたくなったのは確かだった。























拍手ログ。喧嘩後エド(←)ウィンな話。
おそらく原作始まるちょっと前くらい。
なんか戸惑うウィンリィが書きたかった(言い訳はそれだけか!
「言われたくなかったこと」はご想像におまかせということで(脱兎)(まてや)




私にはウィンリィのモノローグは向いてないと悟った、そんなある金曜日(遠い目)


エド視点、ありますー。