藍色のベランダ






見上げる空。それはオレンジ色が濃い青色へと変わりつつある。
夜が、もうすぐやってくるのだ。だからだろうか。頬を撫でてゆく風はひどく冷たい。
無意識に、手を温めようと息を吐く。しかし焼け石に水。
暖かさを感じたのは一瞬のことで。
直ぐにまた冷たい風がオレの手から、体から温もりを奪ってゆく。
寒いのならば、建物の中に。それがまっとうな人間のすることだろう。
しかしオレはそうしない。物理的に出来ない、わけではないのだ。
振り返って、数歩足を進めて。
そして扉を開いたら暖かな空気がオレを待っている。
だけと、動かない。
実家にも等しい家のベランダに立ったオレの足は、柵に頬杖をする手は、動こうとはしない。
違う、動けないのだ。



何故?




それは、右頬に残る感触がよく知っている。







久しぶりに帰ってきて。
それで、久しぶりに喧嘩をした。アイツと。
原因は、よく思い出せない。たぶん、くだらないことだと思う。
でも今日は、いつもの口喧嘩とは違っていた。互いに気が立っていたのかもしれない。
普段は見逃すような言葉の刺に、二人が二人とも一々反応して。腹を立てて。
その結果、ひどく辛辣な言葉を掛けてしまった。
逆に、突き刺さるようなことを言われた記憶もある。
だけど、最後の一言は。
どうやったってオレのミスだ。あれだけは言ってはならないことだった。
旅がうまくいかないから苛立っていたなんて言い訳にならない。
口にした瞬間にしまった、と気付いた。
だけどそれを訂正することは、右の頬に感じた鈍い痛みの所為で出来なくて。
気付いたら、アイツはぼろぼろと泣いていて。
そして、逃げるように部屋から出ていった。





結果、オレはこうしてベランダに立っている。
どうしようもなくわだかまる感情を持て余している。
そうしてからもうどれくらいの時間が経ったのだろう。体は、すっかりと冷えきっていた。
だけど、どうしても暖かい家の中へと入る気にはならない。
その理由は二つ。一つは実に単純なことで。そう、とても単純。
これは罰だ。彼女を、アイツを泣かせたという罪に対する罰だった。
そして、もう一つ。それはオレ自身にとってはひどく複雑なもの。
だけど、オレ以外にはこれも単純な問題なのだろう。


これから、どうするのか。そのこと。




どうすればいいのかわからないわけではない。
そう、謝ればいいということなどわかっている。しかしどうやって?
それに、そうしたからといってアイツは受け入れてくれるのだろうか?
そんな疑問が巡る。
そして同時に“だけど、アイツだってオレに”という醜い矜持にも似た感情も運んでくる。
馬鹿らしい言い訳をだ。どちらが悪いかなど愚問。
そんなもの圧倒的にオレに決まっている。
そう、くだらない愚かしい。ただ決心すればいいじゃないか。
謝ると、そう覚悟してしまえばいいじゃないか。
しかし、それができないから。度胸が無いから。
オレはこうやってここにいる。無駄と理解しながらも、こうやって。



「…………ちくしょ」



頭を柵に預けて、目を瞑る。
そして呟いた言葉は、独り言のくせにひどく響いて聞こえた。
答えは、見えない。閉じた目蓋に映った姿がオレの罪悪感を掻き立てる。
だけどそれは同時に決心を促す。早く、動けと。動いてしまえと。
聞こえるのは、風の音だけ。冷たいそれも、今のオレには決断を迫るものにすぎない。
早く、と。目に映る彼女は泣いているではないか、と。


顔を上げる。そしてぱしりと両手で頬を叩く。冷たい右手の感触が有り難かった。
それはオレの中にある彼女を反射的に引きずり出してくる。
皮肉なことに、笑顔だった。
それはひどく罪悪感を誘う。強烈なまでに。
アイツの笑顔を奪ったのはオレのくせに。しかし想起したその姿はまた、決断を早めるのだ。
そしてオレのどうでもいい感情を更に強い感情で塗り潰していく。
それはもはや衝動。勝手な欲望。
不謹慎とわかっている。許されるわけないと理解している。だけど、思ってしまった。
オレは無意識である望みに、気付いてしまった。


会いたい、と。



あの笑顔に、会いたいと。笑ってほしいと。
下らない自己満足な罰も、醜い矜持も、とるに足らない疑問も、追いやるほどに。
ただ、それだけを。泣かせたのはオレのくせに。勝手すぎる。
しかし、それがもはやどうしようもない欲求だとも気付いていた。
オレの、アイツに対する勝手な感情がそうさせてることにも。
だからこそすべての思考を消し去った欲望の上に、罪悪感だけは強く残るのだろう。
泣かせた、という後悔と叱責が。



そのじくりという鈍い痛みは、決して消えない。絶対に。








空は藍色にすっかり変わっていた。風はますます冷たい。
オレは勢い良く振り返る。家の中に入って、足を動かす。向かうはアイツの部屋だ。
許してくれ、なんて言えない。それでも、オレには謝ることしかできないのだ。
そんなことは分かっている。
黙々と進んで、アイツの部屋の前で立ち止まった。
息を一つ吐いてから、軽く扉を二回叩く。乾いた音が廊下に広がった。
答えを待たずに、オレは口を開く。



「……ウィンリィ」



今度は左頬をぶたれるかもしれない。だけど、オレはそれでもよかった。





















拍手ログ。喧嘩後エド→ウィン。
たぶん原作始まるちょっと前くらい。 何か色々と間違えている気がしてならない、そんな話。
エドが言ってしまった「言ってはいけないこと」はご想像におまかせ、ということで(脱兎)(待ちやがれ!)


うじうじと悶々する豆を書くのが、大好きです(いっそ既知の領域)




ウィンリィ視点、ありますー。