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大好きなひと
私の祖母は、とても愛情の深いひとでした。
家族の皆に、時に厳しく、時に優しく惜しみない愛情を注いでくれたひと。
家族を誰よりも愛し、慈しんでくれました。
もちろん私達家族も、そんな祖母のことを愛していました。
祖母は、とても強いひとでもありました。
どんなに辛いことがあっても、どんなに苦しいことがあってもそれを表に出すことはなく、いつだって笑顔を浮かべていて。彼女の涙など見たことありません。
そう、ただの一度も、彼女は私達の前では泣きませんでした。
本当に、強いひとだったと思います。
悲しい顔を見たら、それ見ている人間も悲しくなるということを知っていたのでしょうか。
あぁ、今から考えるとそうであった気がします。
優しいひとでしたから。自分のために誰かが悲しむことが嫌だったのでしょう。
そう、とても優しくて。
いつだって、笑みを絶やさなかったひと。
でも、一度だけ。たった、一度だけ。
私は笑顔でもなく、怒った顔でもなく、もちろん泣き顔ではない彼女を、見たことがあります。
見てしまった、と言った方が正しいかもしれません。
あれは私がまだ小さかった頃。季節は、秋だったと思います。
眠れないと愚図る私に、祖母はあるお話をしてくれました。
小さなお兄さんと、大きな弟。そんなちょっと変わった兄弟の物語。
しかし、私は肝心のその中身は殆ど覚えていません。
ただ、とても明るく、思わず笑ってしまうようなお話だったと思います。
私に語ってくれた祖母も、楽しそうな表情を浮かべていましたから。
しかし、そのお話が終わってから。まだ眠くなかった私は祖母に訪ねたのです。
もっと大好きな彼女と一緒に居たかったから。
もっともっと、お話をしてもらいたくて。
「ふたりはそれからどうなったの?」
祖母は、一瞬だけですが驚いたような顔を浮かべました。
しかし直ぐにいつもの笑顔をつくって、答えたのです。
きっと幸せに暮らしているわ、と。
ですが、私は忘れません。もう寝なさい。
そう言って私に毛布をかけてくれた彼女が、部屋を去る前に窓の外を見ていたことを。
そして、その時の表情を。
それは、ひどく儚げなものでした。
悲しんでいると言うには浅く、暖かと言うには足りない、あやふやなもの。
窓の外を見ているはずなのに、焦点はそこには無いのです。
何処を見ているかが、わからないのです。
ここには無いもの、どこか遠いものを見ているような目。
しかしそれが何のかは私には今でも分かりません。
もちろん何を考えているのかも。何を想っているのかも。
ただ一つ解るのは、私はこんな彼女の表情など知らないということだけでした。
知らない。こんな彼女は、見たことがない。
幼心に、どこか漠然とした恐怖すら覚えました。そして強烈な違和感。
だって、彼女はいつだって、いつだって笑顔でしたから。
永遠とも思えた時間。しかしそれはあっけなく終わりました。
お休み、そう言って部屋を出て行った祖母は、笑顔を浮かべていたからです。
それは鮮やか過ぎる程に私の、よく知る笑顔でした。
大好きな、祖母のいつもの笑顔だったのです。
しかし私の感じた恐怖や違和感は消えることはありませんでした。
あれからどれほどの月日が流れたのでしょうか。
しかし、秋の夜になると、私は決まって思い出すのです。
祖母のお話を。あの時の言葉を。そして、私の知らなかった彼女の姿を。
それは、もう子供では無くなった今でさえ、私に漠然とした恐怖と、違和感をもたらします。
祖母は、あの時何処を見ていたのでしょうか。何を、想っていたのでしょうか。
その答えは、誰も知りません。
しかしおそらく、悲しみの感情だけではなかったでしょう。
かといって暖かな感情だけでもなかったと思います。
そのどちらも内包した、複雑なもの。私は、そう思っています。
ですがこれは結局、想像でしかありません。
だって答えは、彼女しか知らないのですから。
しかし聞いた所で、きっと教えてはくれなかったでしょう。
彼女はいつだって笑顔でしたから。
悲しいことや、辛かったことは、少しだって私達に見せることはありませんでしたから。
そう、最期の時まで彼女は、笑顔であり続けたのです。ずっと。
いつだって笑っていた、強いひと。
私の彼女に対する認識です。
それが崩れることはこれから先、きっと。いや絶対に無いのでしょう。
確かに、あの時私は見てはいけないものを見てしまったのかもしれません。
しかしそれでも。私にとっての彼女はいつだって笑顔でした。
暖かくて、優しくて、人を元気にする笑顔が出来るひとでした。
もちろん今でも私はそんな祖母を、愛しているのです。
MEMO再録。ミュンヘン一揆の日記念。
映画後ウィンリィは、幸せになっていて欲しいと思います。
家族に囲まれて幸せに暮らしていて欲しい。
兄弟のこと、もちろんエドのことも昇華しているんですが、それでもちょっとしたきっかけで思い出すこともあると思います。でもきっと、それは楽しかったこと、嬉しかったことだけなのでしょう。
そして、そのあと二人が幸せであることをどこまでもどこまでも祈り続けるのです。穏やかな気持ちで。
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