オレ達の結婚前夜








カーテンの隙間に見えるのは、真っ黒な空だった。
ちらりちらりと星や月がそこに浮かんでいる。静かな夜。
時刻は、時計を見たわけではないからはっきりはしないけど、まだ日を跨いではいない。
はあとため息を一つ。区切りのよい所までペンを滑らせて、ピリオドを打った。
しかしこれで終わりというわけでは勿論、無い。
あのイヤミで根性が悪くてオレがホントにマジに心から大、大、でぇーっきれぇな上司から指示された小難しい仕事。
それは、まだまだ、まーだまーだ残っていた。
でも、普段からヤツが寄越す仕事はしちめんどくせぇのが多いから別にそれにどうこういう気は無い。
仕事を貰ってるって自覚あるし、それが無ければ食い扶持が無くなるから。
それに、なかなか高度な錬金術関係のそれは単純に面白かったりする。



そう、仕事自体に関してはまぁそんな文句は無いのだ。
しかし、問題なのはタイミングだ、タイミング。あぁそうだ。
畜生、なんだってこんなタイミング悪いんだ。
つーかテメッ解っててわざとよこしたろッ!と思わず叫びたくなる。
どーして、よりにもよって、期限が明後日なんだコレは。


どーして、なんで結婚式の翌日なんだッ!!



ぎりりと握り締めたペンに力を込める。うぅ、面白くない。あぁっ面白くないっ!






やっとこさ、ようやく、アイツにプロポーズして。嬉しいと泣いてくれたアイツを抱き締めて。
それから、ホントにやっと決まった人生の岐路、結婚式。それは明日だった。
やるべきことは全部やって準備万端。あとは、その日を待つだけの日々の中。
心なしか浮かれていたオレに上司から届いた素敵な贈り物。それがこの仕事達だ。
しかも期限は以下略。
なんちゅう急な。普通無理だろ、無理。
だから当然文句を言った。オレムリ他あたれ。
しかしそう電話で告げたらあのくそ上司。悪怯れた様子もなくこう言ってきた。



“他が無理だから君に回したんだろう。それくらい察したまえ、鋼の”



で、挙げ句にこう続けたときたもんだ。



“あぁ、そういえば君はもうすぐ結婚するんだったな。
 …………………そうだ。
 その大変高度で難解な仕事は私からの結婚祝いと思って喜んで受け取りたまえ。
 はっはっはっはちなみに提出期限は当日消印有効だ。
 うん、君は優しい上司を持って幸せだな!”



…………。
…………………………。
………………………………………あのヤロー。



うぉ、思い出したらまた腹が立ってきた。何が優しい上司だ。
頭の中にエコーする笑い声とおそらく、いやぜってー白々くて胡散臭い笑顔な電話口の上司の姿(想像)。
それは気に食わない以外のなんでもない。うううムカつくっ。
つか今気づいたけど。何でオレが結婚するなんてこと知ってるんだ。おのれ地獄耳めッ!
ぎりり、またしてもペンを握り締める力を強くする。
が、ミシリと怪しい音をたてたのでそれ以上は続けなかった。




イライラを沈めるために大きく息を吐く。そして、止まっていた手を再び動かし始めた。
イライラしてても、仕事は終わんねぇし。それくらい理解している。
出来れば今日中、いや何としても今夜中にはなんとか終わらせたいからな。
すらすらとオレはペンを滑らせてゆく。
この分だと、朝方にはなんとか終わりそうだ。ちょっとホッとする。
明日は郵便出してる暇は無さそうだけど。
明後日の朝にはポストにブチ込めそうだぜザマーミロ!
ふはははと知らずに声を出して笑う。
誰が見てるわけじゃないからその行動に意味ないけど。 ひとしきり笑ったあと、我に返る。
そして、今度こそ書類に集中し始めた。どうしても今夜中に。
明日は、やっぱし汚れのない自由の身で迎えたい。面倒事は独身の間に。その一念のみ。






そうやって、小難しい論文に没頭し直してからどれくらいの時間が経っただろう。
突然響いた音、誰かが部屋の扉を叩いた音にオレははたと手を止めた。
邪魔されたことに反射的に顔をしかめる。
壁にかかる時計を見ると、針は草木も眠るなんとやらを指していた。
そのまま扉を睨む。ちくしょ、誰だこんな時間に。
しかしそう思った瞬間、その疑問はあっさり解決した。



「………エド、入るよ?」



聞き慣れた声に、オレはペンを思わず落とす。訪問者は、ウィンリィだった。
そう、ウィンリィで……………って。うえ?
あまりにあんまりなその事実に、オレの優秀な頭脳は機能停止をした。
振り返った姿勢そのままで固まる。プチ混乱中。
な、なんでこんな時間にウィンリィが、とか。なんでまだ起きてるんだお前、とか。
そんな疑問がぐるぐるぐるぐる頭を駆け巡る。
いやいやいやしかしそれ以上に。
「入るよ?」って。「入るよ?」って何!
え、マジでどうしたのウィンリィさーん!心の中で叫ぶ。
が、そんなことなんかまるで気にしないで、返事も待たずに彼女は部屋へと入ってくる。
で、静かに、音がしないように扉を閉めて。そして告げた。



「まだ仕事、かかりそう?」

「……へっ?あ、あぁ」



反射的に答えた後で、ようやく我に返る。
だけど我に返らなかった方がよかったかもしれない。
何故か。簡単だ。そうなんだ、と呟くウィンリィの姿。
それがこの状況下ではあんまりよろしくないものだったからだ。
近づいてくる彼女は、パジャマにブランケットを羽織っている。
いつも一つに括っている長い髪は、今はふわりと後ろに流されていた。
見慣れてるとはいえ、夜中に見るそれは刺激的過ぎる。
や、見たくないわけじゃーねーけど。む、むしろ見てたいけど。
でもでもっそれは今日じゃー無いはずだ!うん。
だがオレのそんな再認識をブチ壊したいのだろうか。
視覚以外にも、微かに石けんと花が混ざった香がオレの五感をダイレクトに刺激。


わ、あの、お、おまっ………うわぁぁあああああ!?




胸中でシャウト。しかし動悸は治まらない。
ヤバい。色々と、マジで。
このまま直視したら、ホントヤバい気がする。慌てて視線を逸らした。
だけどそんなオレのオトコゴコロに気付くウィンリィじゃない。
よりによって、そう、この鈍感な未来の花嫁はすーぐ隣にちょこんと立ちやがった。
で、そのまま何も言わずにじぃーっとオレを見ている。何も言わずに、だ。



「………何だよ」



耐えかねて、わざと唸るように呟く。視線は敢えて外したままだ。
話す時は相手の目を見ましょうねと言ってた天国の母さんスミマセン。
今は無理ですごめんなさい。
そしてそのまま相手の答えを待つ。



「え、あ、気にしないで。仕事続けて続けてっ」



なんだソレ。答えになってねぇよ!
胸中で反論。でも外見上は平静を保つ。
そして声だって平静を保ったままだ。すごくね?オレの演技力。



「や、気になるから」

「そ、そうっ?そんな、気にしないでよ〜っ!」



そう言ってあはははと背中をばしばしとウィンリィは叩いてきた。
ムカっ。思わずびしりと青筋を立てる。


てめえ、このっ!気にならないわけないだろがっ!
あのな、人が今どれだけ理性保とうとしてんのが分かんないのかよ。
結婚式の前の日の夜中に、花嫁が、花婿の部屋を訪ねてくるなッ!
普通の男だったら、どーにかされるぞ!
オレだって、ひょっとしたらどーにかなっちゃうんだぞ分かってんのかよッ!




もちろんこれは全てオレの心中での叫びだ。
直接コイツにンな言える度胸なんてオレは有りはしない。
うう我ながら情けない。
しかし怒り心頭。イライラは収まりそうも無い。
くわっと彼女を見据える。



「……気にするわっ!つか、お前こんな時間に何しに来たん…だ…」



見据えて、しまった。
すると、そこに居たのは頬をうっすらと、紅く染めた幼馴染兼婚約者。

………え。あの。コレって、その。
もしかするともしかしちゃったりすんの?とか考えてしまいそうな、顔。
ちなみにはっとこちらを見る瞳はちょっぴり潤んでいた。う、うぉおお?



「な、何、しに……来たん、だよ」



動揺を隠すために。オレは質問を繰り返す。
視線は、外せなかった。ヤバい。
心臓が、嫌になるくれぇバクバクいってる。自然と、顔が熱くなってくるのが分かる。
でも、ウィンリィはそんなオレをじっと見たままだ。
唇を噛み締めて、何か言いたそうな。でも言いにくいような、そんな顔をしている。
ま、まさか、本当に?本当に、そうだったりするのか?
いやでもこーゆーのって普通男女逆だろあははは………って。
思わずヤバい方向に現実逃避。
うぉう。何考えてるんだ、オレ!
だ、だけど、マジでヤバい。冗談抜きで、色々と。



しかし、あと数秒続いたら確実にオレの理性がぶち切れそうだった沈黙。
それを幸か不幸か、ウィンリィはあのね、と破ってきた。
なので、死ぬほどホッとする。や、やっぱこーゆーのは順序があるからな!



「な、何だよっ」

「あ、あ、いや、その。あ、あたしっ……」



ごにょごにょと。手をもじもじさせながらなんとも煮え切らない様子のウィンリィ。
なんだよもう。早くしてくれ頼むからっ!
マジに手ぇ出しそーだからあぁもう早くっ!
なんかもう半ば泣きそうになりながらそう思っていると。彼女は一気に告げた。







「わ、忘れ物したからっ!ね、眠れなくて、それで……その……」



何だ、ソレ。思わず肩を落とした。
ま、ウィンリィに限って夜ばっ……げふっ。
そ、そーゆーことなんかありえないと思ってたけどさ。
つかこれっぽっちも期待なんてしてなかったけどさ。
でも、やっぱし……あぁ、もう期待させんな!
そう思うことは、間違ってないはずだ。つか、普通そう思うだろ。
だけど、オレがそれを口にすることは当然ながらできやしない。



「……だから、あの、その……………エド?」



黙りこくったオレを赤い顔のまま、不思議そうに見てくる鈍感な青い瞳にそんなヤマしいことを想像したオレがバカだったのだ。
そんなことわかってるさっ!
うぅ、ちくしょッ。



「………ウィンリィ」



はぁ、とため息を吐いてから。頭を抱えて唸るように、呟く。



「な、何?」

「忘れものって、何だ」



もーさっさとそれ回収して出てって下さい。
心臓に悪いです精神的にも肉体的にもオレヤバいですから。



「え。あ、あぁ、うんそれは……」



何故お前はまだ顔が赤い。
なんだ、そんなにその忘れ物は恥ずかしいものかーって、待て。
そもそも、何で、ウィンリィが、オレの部屋に、忘れ物なんかするんだ。
よくよく考えたら、変な話だろそれ。ここに、コイツが忘れ物する理由が無い。
洗濯物はちゃんと溜め込む前に出したし。え、マジに何だ?
思わず眉を寄せて、オレは真剣にその正体について考えはじめた。


と、不意に石けんと花が混じった香が近くなる。
さらり、と薄金色の糸が視界を掠めた。







それを知覚した瞬間。
オレは、自分の右頬にやわらかな感触を感じる。
それは、既知のもの。あったかくて、くすぐったい、彼女の。





思わず茫然とする。その間に、繊細なそれは消えた。
変わりに、おずおずと身を離すウィンリィが見える。目が、合った。
恥ずかしそうに、顔を真っ赤にして。でも、えへへとにっこり笑っている。
それはメチャクチャ、ものすごく、その…………………ヤバい。
うわ、顔マジで熱い。つか、もう、これ、ホントヤバ。
ぶちり、何かがオレの中で切れた。彼女の名を呼ぼうとする。
手を、伸ばして彼女を抱き締めようとして。ウィンリィ、そう、呼ぼうとして。



「……じゃ、あたし、そろそろ、いくねっ!」



ウィンリィの声が、部屋に響いた。忘れものはもう、ちゃんと渡したから。
満面の笑顔で告げてきた彼女にオレが手を出せると思うか。
いや出せない。出せるわけがない。
つかそもそも、出せるのならとっくの昔に出してるわ!
しかしそんな魂の叫びがウィンリィに届くわけも無く。
鮮やかに爽やかに無意識に。伸びてきた腕をかわすと、ウィンリィは扉へと向かって歩いてゆく。



「アンタもさっさと寝なさいよ?明日、早いんだからっ」



そう、振り返って告げる彼女はやはり満面の笑顔。
オレのオトコゴコロなど知るよしもない。楽しそうにブランケットを翻す。
あぁ、お前ホント楽しそうだなー……………ちくしょっ。ちくしょう!
しかしそんな感情は表には出さない。意地でも出してやるものか。
お休みと告げる声に、おーうと力なく答える。すると、それが気になったのか。
ウィンリィはちょっと間を置いた後に、また口を開いた。



「………仕事、頑張るのはいいけど」



色々渦巻いていた感情に任せて、ペンをぎちりと握り締めていたオレ。
正確には、”あ、これ壊れるかも。すっげミシミシいってるなー”
と現実逃避よろしくどーでもいいことを考えていたオレに、静かなその声が響く。



「あんま無茶、しないでね?」



やわらかな口調とほのかな笑顔。それはオレを現実へと引き戻す。
きっとコイツの本心なんだろう。いくら鈍いオレだってそれくらい分かる。
うわ……コレはコレでヤバい。じわじわくる。じわじわ。
さっきとはちょっと違う感情で頬が赤くなるのが分かった。
だけど、オレを気遣う気持ちは普通に嬉しかったから。おう、と今度はしっかり答える。
それに満足したらしい。
お休み、とまた言ってウィンリィは部屋を出ていった。



















さて。彼女が、部屋から完璧に出ていったのを確認して。
オレは盛大にため息を吐いた。なんだろう、この数分で体力をすっげー使った気がする。
いや、気のせいじゃない。ぐったりだ。思わず、顎を机に付けてまたため息を吐く。
もっ、冗談抜きでこのまま寝てしまいたい。疲れた、オレ。
しかし、目の前には書きかけやりかけ未完成の仕事。終われないと眠れない。
うん、ヤダ。
思わず、死ぬほど顔をしかめた。しかしその瞬間に声が脳内に響く。



“無茶、しないでね?”



やさしいそれに、オレはまたしても顔を赤くする。
でも嫌じゃない。夜中の訪問は疲れたけど、でもこの言葉はすっげー嬉しかったし。
そう思ってしまうんだからしょうがない。
惚れたオレの負け。苦笑する。彼女のためにも、もう一踏ん張りだ。
そう思って、書類を見た。すると、また声が頭の中に流れた。



“ははははは。それは私からの結婚祝いだありがたーく受け取り給え!”



たまえー……たまえー…………たまえー………。
それはご丁寧にエコー付きでリフレイン。ついでに胡散臭い笑顔が頭を掠めた。
ミシリ、オレはまたしてもペンを握り締めた。イヤミか。
眉間の皺が深くなる。ちょっと持ち直した気分は一気に急降下。
あぁ。思わずにはいられない。
なんで、オレはこんな目に合わなきゃならんのだ。
そうだ。全てはアイツの、所為じゃないか。あの、根性が曲がりきった男の。



…………あはははははははは。くそ上司ッ!



ぶちりと切れた堪忍袋の緒。
とても仕事をするテンションではない。いやだがしかし。
ここで仕事ごときに屈伏するのは自分で自分が許せない。なんか、あのヤローに負けた気がする。
うぅ、それだけはイヤだっ。
例え、ウィンリィには勝てなくともアイツにだけは負けたくない負けるものか。
畜生っクソッ誰が負けるかぁッ!!






がばり、オレは身を起こす。
握り締め過ぎてちょっとガタガタなペンを持ち直して、書類を睨み付けた。
今夜のうちに、どーにか、なんとしても、絶対、終わらせる。
明日から始まる、新妻との薔薇色の未来のため。
いやむしろオレの、オレ達の幸せのために!



時計は、真夜中を示している。窓の外は今だに真っ暗。
オレは、決意も新たに仕事という名のクソ上司のクソ結婚祝いに集中し始める。




そう、全ては、明日のため。



















『連載が嫌でエドいじめに逃げました記念』(まって!)
なんだか久しぶりに絶賛幸せ期の503を書いた気が。だって明日結婚するんだよこの二人!?(いってろ)
ちなみにコンセプトは「ウィンリイが幸せならそれでいい」で。
つかこれ、普通の人が書いたら絶対そのまま18禁に移行するよね。
でもウチ健全青少年サイトだからそんな豆に美味しいことにはなりません。
つか、させてなるものか…………!(くわっ)(目を見開いて)



管理人は、豆いじめが大好物です(それはもうわかったから)