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冷やかしはお断りしております
その大衆食堂は、街の騒めきに隠れるような場所にあった。
しかしその中は赤ら顔が溢れている。
ふうわりと香るアルコールと、様々な料理の匂いはとても穏やかな、暖かい雰囲気を醸し出していた。酒を酌み交わしながら、一日の終わりを陽気に楽しく迎えている人々。
その中にその一団は居た。大人が六人に、少年少女が二人。そして、鎧の姿が一つ。
いや、正確には彼もまた少年であったからこの場には実に子供たちが三人居ることになる。
だが、それに気付く人間は少ないだろう。
思わずちらりと視線を送りたくなるような、奇妙と聞けばはっきりと奇妙といえる集団だった。 しかし彼らがそのことを気にしているようには見られない。
さもかし当たり前の顔で、堂々と彼らは食事と、会話を楽しんでいた。
「二人とも、本当に仲がいいんだねぇ」
明るい会話。そこから飛び出したのほほんと、どこか夢見るように告げられた言葉。
それが自分達に向けてのものだと件の少年少女、つまりエドワードとウィンリィが気が付いたのは、たっぷり一呼吸置いてからだった。
野菜をちゃんと食べろだの、ちゃんと食ってるだの言い合っていた二人は、思わず同時に声の主を見やる。
「な、何言ってんだよ曹長。こんなん別にふつーだって」
「そ、そうですよこのくらい当たり前ですっ!」
噛み付くように勢い良く異論を唱える。揃って曖昧な笑顔をあははと浮かべる。
そしてふつーだよ。ふつーですよ。と呪文のように繰り返し呟きながら、エドワードは自身のコップの中に残っていたお茶を、ウィンリィは皿に残っていた料理をそれぞれ口に運んだ。
しかし、夢見る乙女よろしく夢見る曹長が、誤魔化すようにわざとらしく食事に没頭する二人の微妙な心情を考慮する事は無かった。
んー、そうかなぁと一度考えを巡らせたのち、彼はでっかい爆弾を投下した。
「………あ、そうだよね!恋人同士だったら普通だもんねぇ」
天使のごとき無垢なほほ笑みで、爽やかに悪魔のような勘違い解釈を披露したフュリーに、エドワードは飲んでいたお茶をごふっと咳き込む。
ウィンリィはというと、もっていたフォークをぽろりと落とした。
それから、今度はわなわなと体を震わせ、顔を上気させて二人は固まった。
それはもう、こちんと。石像の如く。
そもそも、なぜ彼らが軍の面々とこうして食事を供にしているのか。
それはひどく単純な理由だった。
珍しくウィンリィを供って軍を訪れたのが今日の午後のこと。 そこで、夜に飲み会があるのだけれどどうか、と誘われたのだ。
エドワードは最初、全くもって乗る気じゃあなかった。
せっかく三人でいるのだから、ゆっくり水入らずで食事でもと考えていたためだ。
しかし乗る気満々な弟と幼馴染に、結局押し切られる形になってしまったというのが事の発端である。 まぁ来てしまったものは仕方がないということで、エドワードはそれなりに楽しんでいた。
それに、アルフォンスもウィンリィも楽しんでいるように見えたから。
ならばいいかと思い直すことにして彼は食事に没頭していた。
そう、先程投げ掛けられた言葉、までは。
さて、固まっていた二人がようやくはっと我に返ったのはたっぷり時間を置いた後。
「誰がっ、こここ恋人どうしかぁ!!」
「そうですなななんであたしとコイツが!」
口々に叫ぶ。
なんだなんだと自然に、周りの注目が集まっていった。
「オレ達のっ!どこが恋人なんかに見えるんだよ曹長!」
「え、違うの?」
「あたし達はただの幼馴染みですっ!」
だから違う!違います!とフュリーに詰め寄る二人。
その顔は酒を飲んでいるわけでもないのに真っ赤だ。
しかし必死なその態度もその恥ずかしい表情も、酔っ払った大人達には酒のツマミにしかならないことに彼らは気が付いていない。
フュリーの隣に並んで座る少尉ーズの、特にくわえ煙草がトレードマークなハボックの口元。
そこがにやりと歪んだことに、二人はもちろん気が付かなかった。
「そうだよなぁ、大将」
突然かかった声に驚いたエドワードは、思わず睨みつけるように振り向いた。
その場の視線が、声の主に集まる。
「恋人じゃあ、ないよなぁ」
「へっ?……あ、あぁ。だからさっきからそう言って」
突然肯定されたことに拍子抜けをして、毒気が抜かれたように歯切れが悪くなる。
ウィンリィはウィンリィで、エドワードと同じような表情をした。
それでも一応こくこくと頷いている。
だが、そんな彼らの心の平穏が長く続くことはなかった。
次の瞬間、救世者であった青年はあっさりと悪魔になったからである。
「夫婦、だもんなぁ〜!」
にやにやと、人の悪い満面の笑顔で告げられた言葉。
そのあんまりな内容を理解したのかそれとも頭がショートしたのか知らないが、今度こそ二人は絶句した。揃って、ぱくぱくと口を何度か開閉する。
そんな彼らをみて、ハボックはついに爆笑した。隣にいるブレダはおいおい、とそんな親友を咎めようとしているがその顔は明らかに笑いを堪えている。
そんな二人の、主として前者の様子がメチャクチャ腹立たしく感じて、エドワードは一人先に我に返った。
「なっ、な……夫婦!?夫婦って!夫婦ってなんだよ!?」
しかしそれでもやっぱり頭は回っていないらしかった。
夫婦って!夫婦って!!
そればかりを声を裏返しながら繰り返すエドワードに、変な勘違いをしたファルマンが真面目な顔で余計な助け船を出す。
「ああエドワード君。夫婦というのは――適法な婚姻をした男女のことで」
「んなことわかってるわぁ!」
助からない助け船にエドワードはもうありったけの声量で答えた。
それでウィンリィも我に返る。二人の顔はもう赤いなんてもんじゃない。
ぷしゅーっと湯気が出てきそうな程だ。
ちなみにありえない!ありえない!と叫ぶ二人の声は綺麗にユニゾンしている。
それがまた面白かったのか、ハボックはまた大声で笑った。
今度は耐えきれずにブレダもぶっと吹き出す。
フュリーとファルマンは、そんな四人を呆気に取られた様子で見ていた。
そうやってひとしきり笑った後。
ハボックはまあ冗談は置いといて、とまたしても軽ーく顔で切り出した。
人の話を聞きやしないこの青年に、赤い顔そのままに憮然としていたエドワードと、同じく赤い顔のまま動揺が未だ納まらないウィンリィは、叫ぶことをやめて思わず彼を見る。
しかしふわりと煙草の煙を吐きながらハボックが告げた内容は、やっぱり二人にとってはとんでもない冗談だった。
「まぁ、結婚式にはちゃんと呼んでくれよ?」
がんばって休暇とって駆け付けてやっからさ!
とエドワードの肩に手を乗せて、ハボックはにんまりと意地の悪い笑顔を見せた。
やっぱり明らかに面白がっている風だった。
それに呼応するかのように、俺も、だの、僕も!だの、ならば私も、と三つばかり手が挙がる。
嗚呼素晴らしきチームワークかな、とはまさにこのことだろう。
しかしそんなことは本気で、心底エドワードにはどうでもいいことである。
眼前の悪夢のような光景にあんぐりと口を開け、ぱちくりと瞬きをして、彼は固まった。
何をいっているんだろうこの目の前の青年達は。それが正直な感想だ。
先程から何度も繰り返して言っているのが聞こえなかったのか。
それとも意図的にすっぱり忘れているのだろうか。
冷静な思考でそんなことを考えてみる。
しかしそれでも、顔が赤くなってぐるぐるぐると頭が回るのが彼という人間であった。
そりゃあ、そんな願望が無いわけではない。
いつかきっと、とか。そんなことちょっとは考えてないわけではないけれど。
でもやっぱり、こんな風に他人にそれを言われるのは気分が良いものではなかった。
今度こそふつふつと怒りが込み上げてくるのを彼は感じる。
なので、肩に置かれたままの手をぎゃーと振り払って、でもやっぱり赤い顔はそのままでエドワードは口を開こうとした。
「だからっ!オレ達はただのおさな」
「絶対にっ!そんなことありえないですからっ!!」
エドワードが抗議を最後までいい終える前に、ウィンリィの声が響いた。
へっ、と驚いた彼は、ゆっくり隣に座る幼馴染みに視線を送る。
顔を赤に染めたウィンリィは、それを確認した後。
いやいやホントにありえないですからっ!と両手を胸の前で振ってみせた。
「……そうなの?」
ハボックが問う。その顔は驚きつつもどこか恐る恐る、といったものだった。
「そうですっ。エドは弟みたいなものだし……
そ、それに、そもそもあたしは背の高い人が好きなんですっ!」
だから絶対に結婚とかそういうのはありえませんっ!
と、頬は染めたまま告げられた完全否定。それにエドワードは思わず絶句した。
期待なんかまっーたく、これっぽっちもしてはいなかったけど。
そんな期待とか、ホント、する必要もないのだけれど。
それでもいや、お前そこまで否定しなくてもいいんじゃないの、と思った。
つーか弟って。弟って。一応、オレお前と同い年なんだけど。
いやいやそれよりもお前はやっぱし背の高さで人を判断するのか。
…………………。
…………………………………。
…………………………………………なんだそれ。
むしゃくしゃする。なんか、ものすごく。
なのでエドワードは顔を、未だに否定を口にし続ける彼女からフイっと背けた。
それから、グラスに残ったままのお茶をぐいっと飲み干す。
と、一番嫌なヤツと不覚にも目が合った。
一番嫌なヤツ。それはこの宴会の主催者で、直属の上司。
ことの成り行きを珍しくも傍観していた、男。
そいつは、憎たらしい程胡散臭い笑顔を向けてきた。
そして、声には出さずに口を開く。
エドワードに読唇術の心得はないから、普通はそれが分かる筈もない。
しかし、何故かはっきりと何をいわんとしているかが理解できた。
傷ついただろう。
ゆっくりと。そう、確かに唇は動いていた。
それからまたしても人を食った笑顔を向けてきたのだ、この上司は。
「―――――〜ッ!!」
エドワードは握り締めたコップに、みしりとするほど力を込めた。
ああもう面白くない面白くない面白くないっ!
「……だから、あたしはこんなチビとは絶対に」
そんな時。
タイミング悪く彼の耳に飛び込んできたのは禁断の言葉だった。
チビ、チビ、チビ。
エコーがかかったかのようにエドワードの頭の中にそれは谺する。
ぶちり、何かが切れる音がした。
「………チビで悪かったなぁ」
低く響くその声に、ウィンリィは隣を見た。
そこにいたのは何故か、ほんの少しばかり涙を滲ませた幼馴染みの少年。
その様子を不思議に思った彼女が、何事かと問おうとした瞬間、彼は大声で叫んだ。
「オレだって。オレだって!
お前みたいな色気もなくてガサツで可愛げのねぇヤツなんか願い下げだっ!!!」
ウィンリィは突然の大声に驚いて目をぱちくりさせる。
しかし、その喧嘩を売っているとしか思えない発言に直ぐに眼光を鋭くした。
睨みつけて、口を開く。
「な………何よ、それっ!」
「言葉通りの意味っ!オレにも選ぶ権利があるんでね」
「ちょ、な、もう一度いいなさいよ!」
「へーへーお望みなら何度でも言ってやりますよっ!
ガサツで色気もなくて可愛げの欠片もないウィンリィさん」
「な、ななんですってぇ!………この豆男!」
「……ま、豆ぇ!?てめぇまだいうかッ!」
「豆は豆じゃない!」
「この……っ!」
「何よ。………やろうっての?」
「そっちがその気ならやってやろうじゃねぇか、あぁ!」
それからはある種、いつも通りの展開だった。
周りの人間のことなどすっかり無視をして、二人はぎゃあぎゃあと口喧嘩を始める。
しばらくそんな彼らを興味深そうに、原因を作った男たちは見ていた。
しかしいつまでたってもそれは終わりそうもない。
なんだかバカくさくなった彼らは、次第に自分達の会話や食事を楽しみ始めていった。
*
「……あーもうまったく。二人とも、しょうがないなぁ」
眼前、からは少し離れた所で繰り広げられる光景を見て。
アルフォンスは、はぁ、とため息を吐いた。
真実息を吐けるわけではないが、とにかくそんな気分だった。
「止めなくてもいいの?」
そんな彼に、ホークアイが声をかけた。
二人は、先程の騒動に参加するわけもなく、のんびりと世間話をしていたのだ。
「……いいんです。いつものことですから」
「そうなの?」
そうです、と答えながらアルフォンスは頭を抱えた。
どうせこの後散々、二人のどーでもいい無意識痴話喧嘩に巻き込まれるのは自分なのだ。
ならば今くらい自由を謳歌したかった。
しかしやはり気が重くなるのは避けられない。
「大変ね、アルフォンス君」
ちょっぴり困った顔で告げられた言葉にアルフォンスははい、と小さく答えた。
しかしそんな彼の声は、もちろん懸念の二人に届くわけもなく。
暖かなアルコール臭と喧騒が混じる空気の中にそれは溶けていった。
あやの様からのキリリクで、「軍部に冷やかされるエドウィン」でした。
軍部、ということでとりあえず増田組は全員だしとけやぁ!と息巻いて書いてみました。
そしたら失敗した感が 否 め な い
なんだろうこの人口密度の高さ。そして長い長いあはっは!(もはや失笑)
無駄にハボが出てくるのは、管理人の趣味です(何気に好きらしいよこの人!)
無駄にエド→ウィンなのも管理人の、趣味(それはもうわかってるから)
ともかくも。
あやの様、リクエストありがとうございました!
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