2月12日





二月の中頃。一週間に渡って長く続いていた雨がようやく止み、それまでを取り戻すかの如く青々と空は広がっている。 先程からすれ違う人々の顔もまたどこか晴れ晴れとしていて、皆この空と休日を待ち望んでいたかのようだ。
そう、日付と言う概念のカテゴリーとして今日は日曜。
特定の宗教では安息日に充たる日だ。
そしてこの天気。
これらの要素は、先程すれ違った家族連れのように誰か大切な人と過ごすための環境としてはひどく望ましいものなんだろう。
しかし僕にとってこの環境――――――今日の天気は大した問題じゃない。
そう、僕にとっての今日という日。日曜という名を冠された日は。
それはただ、学校が休みであるという事実と、誰とも言葉を交わすことの無いという事実が横たわるだけの日だった。
そして何より僕が孤独であるという事実を僕自身に突き付けるだけの日で。


だけど、今日はいつもと少し違っていた。




冷蔵庫の中身が空になったという命に関わる問題を解決するためにスーパーで買い物をした後、 一週間の食料を左手にぶら下げながら道を歩いていたら、後ろから名前を呼ぶ声が聞こえてきた。



「うっりゅうく〜〜んッ!」



驚いて振り返ると、いつものように満面の笑顔を浮かべてこちらに走ってくる幼馴染み兼同級生の姿が目に入った。
長いスカートを身に纏い、ヒールのついたブーツでぱたぱたと走るその姿。
それはいかにも危なっかしく、またいまにも転びそうだ(いや事実彼女は昔からよく転んでいたが) だからヒヤヒヤして、そしてすぐに、走るなと注意しなければと思った。
だけど、どこか嬉しげな彼女の様子と、こんな日にこんな所で彼女に会えたことへの驚きに気をとられ、 結局警告を促すための言葉が僕の口から出ることはなかった。



「はぁ、はぁ…………雨竜君、歩くの早すぎだよ!」



どうにか転ぶ事無く無事辿り着いた彼女は、息をととのえながらいきなり告げた。



「い、井上さん!?いったいどうし」

「歩くの早すぎだよ!!せっかくこっそり追い付いてわぁってびっくりさせるつもりだったのに!」

「え、あ、あの…」

「あぁ、でも雨竜君が早いんじゃなくてあたしが歩くの遅いのかなぁ?」

「い、井上さ」

「そうなのかなぁ……あ、ねぇねぇ雨竜君はどう思う?」



出会ってから数十秒。
それなのにこの噛み合ってない会話に僕は心中で頭を抱えた。
相変わらず、そしていつもながらに彼女の思考がわからない。
きっと一生、それを掴みとることはできないんだろう。
そんな僕の嘆きはもちろん知るはずもなく、目の前の幼馴染みはつらつらと自分の話をし始めた。

………さっきの質問はどこにいってしまったんだろうか。
だがこれもまたいつものことなので、もちろん聞き返したりはしない(と言うか聞き返したりしたら逆に尋ねられるだろう。何?って)




道を歩きながら彼女は、これから仲のよい友達とバレンタインデーの買い物に行く所で、駅で待ち合わせしているのだと話した。
何でも安い製菓材料の専門店が隣町にあるのだという。




「それからね、たつきちゃんと一緒にチョコ作るんだ!!」




楽しそうに笑いながら語る彼女に、僕は曖昧な笑顔を浮かべながらそうなんだ、とかへぇ、とか無難な相づちを繰り返す。
バレンタインデーの話なんて男である僕が女の子である幼馴染みに意見することはできやしないからだ。
またできたとしても、そのイベントの存在すら彼女が話すまで忘れていた僕には実りある意見は生み出せそうもないだろう。

だが、それ以上に。

僕は知っていた。




「………黒崎くん、チョコ貰ってくれるかなぁ」




空を仰ぎながら、夢をみるように呟かれた言葉。
それが、彼女にとってバレンタインデー最大の関心であることを、僕は知っていた。
それはバレンタインデーだけのことでは無く、彼女の心を常に占める男の存在。



それを分かっていた、ずっと前から。
いや正確には高校で彼女に再会してからずっと。



小さい頃は、呆れるくらい一緒だった。 お互いに昼間は一人だったのと、家が近所だったのが関係してよく遊んでいた。 だが、中学に入ってからは学校が別だったために自然と話す機会が無くなり、会うことも無くなっていった。


中学の頃、彼女には色々あったらしい。
本当に、色々と。
僕がそれを知るすべは無いが、それが彼女にとってよいことだったとはとても思えない。



そんな彼女の心の支えとなったのが、今から待ち合わせをしているという親友と、あの男の存在。
そのおかげで今の元気な彼女がある。


だから僕は、彼らには感謝しているのだ。
僕にはできなかったことをしてくれたのだから。
口に出したことはないが、本当に感謝している。


だけど、だけど本当は。






「チョコ、好きだといいなぁ……」



僕は本当は、彼女の想い人に嫉妬していた。 知らなかったとはいえ何もしてやれなかった自分と違い、知らず知らずのうちに彼女の支えとなったことに対する嫉妬。
そして、単純に彼女に異性として想われていることへの嫉妬。



死神だからと彼に勝負を挑んだ時も、どこかでこの感情を晴らそうとする思いが僕にはあった。 だけど、奴のことを知るにつけ認めざるをえなくなったのも悔しいが、事実だ。 彼女が好きになるのもわかると、どこかで納得している僕がいることも。




………この感情を彼女に打ち明けるつもりはない。
困らせたくはなかったし、それに彼女が幸せならいいと思っているから。
彼女の幸せは、奴と結ばれることだから。
僕の感情など、彼女の幸せには関係ないことなのだから。



だから僕は。
僕は、彼女が幸せになってくれるためにならなんだって言える。
それが例え僕の感情とは逆のことでも。


ぴたりと、歩みを止める。隣を歩く幼馴染みもまたつられて足を止めた。





「………大丈夫」

「…雨竜くん?」

「…きっと、黒崎は貰ってくれるよ」



ね、と笑顔を作り出来るだけやわらかい口調で告げると彼女は一瞬驚いた表情を見せた。 が、すぐに笑顔を見せ、ありがとうと言う。
照れ臭さから顔を背け、眼鏡を直していると、彼女はスーパーの袋を持った僕の左手を両手でいきなり包み込んだ。



「い、いいい井上さ……!?」

「……本当に、いつもありがとう雨竜くん」

「い、いつもってそんな僕はただ当たり前なことを言ってるだけで別にそんな」

「ううん、いっつもありがとうだよ………あたしいつもお世話かけてるし、助けてもらってるから」




だから、ありがとうと満面の笑顔で告げられ僕は軽く混乱していた。
なんだろう。
こんな場合、なんて答えればいいのかわからないのがまず第一。
でもそれよりも何よりも未だ触れたままの彼女の両手の暖かさと感触が僕の混乱を形成している。
あぁ、何か。何か言わなければ何か何か………




「いやあのそのあの…………い、井う」

「あ、たつきちゃんだ!」




僕の混乱の諸原因は、親友を見つけておーいと大きく呼び掛け始めた彼女によって取り除かれた。 僕の左手を包んでいた掌は、いまや友に向かって振られている。 そして、いまだ動揺がとけない僕に別れを告げると親友の方へ幼馴染みは駆け出していった。


その危なっかしい後ろ姿を見ながら、僕はどこかでほっとしていた。
いきなりあんなことされると心臓に悪いったらない、本当に。

だけど。
またどこかでそれを惜しんでいる僕もいるのだ。
まったくこの感情というものは訳が分からない。


僕の無事ではない心情とは逆に、どうやら無事に親友の元へ辿り着いた彼女は、楽しげに何かを話している。 ふぅと僕は一息つくと自宅へ帰るためにきびすを返そうとした。 その瞬間。



「うりゅーくーーん!」



突然呼ばれて、驚いて振り返る。
声の主は、もちろん幼馴染み兼同級生で、よく晴れた空に両手を大きく振っている。




「また明日ねー!!」




道行く人達の視線の集中も気にせずに、そう笑顔で楽しそうに叫ぶ姿は僕には驚く程輝いて見えた。 時間の流れが彼女の周りだけ驚く程ゆっくりに見えた。 今、彼女の笑顔は僕にだけ向けられている。
その事実が例えようもなく嬉しかった。そしていつまでも見ていたい、と思ってしまう。 だけどそんなだいそれた願いが叶うことはもちろん無く、僕の視線を釘付けにした幼馴染みは先行く友の後を直ぐに追い掛けていく。




僕がどうにか意識を取り戻して、いつの間にかズレ落ちた眼鏡を直したのはそれからしばらくしてのことだった。 そして、自宅への道を歩きながら思うのは先程会った幼馴染のことばかり。


彼女は今頃、チョコレートのことで頭が一杯なのだろうか。
それとも、あの男のことで一杯か。
まぁどちらにしろきっと、笑顔を浮かべているに違いない。


ソコまで考えて。
思わず、眉間に皺を寄せた自分がいる。
この感情の正体が単なる嫉妬であることはわかっているくせに。
あぁ、そうだ。この感情は押さえてしまおうと決めているのに。


今日は、日曜日。
いつもは誰とも話をすることも無い、日曜日。
僕は空を見上げた。
そしてそのままの姿勢で目を瞑る。閉じた目蓋に浮かぶのは、ただただ先程の笑顔だけだった。









雨&オリの幼馴染パラレル。
そこまで幼馴染が好きなのかというツッコミは甘んじて受けたい今日この頃(爆)
あぁ、大好きだよ幼馴染カプ!好きすぎるよ!!(知ったこっちゃねーよ)
………ちなみに、管理人はシロちゃんスキーです。
雨オリは、雨→織→イチがいい。
雨→織派の友達に捧げた一品。