「大丈夫ですか?」



心配そうに尋ねてくる中学生とおぼしき銀髪の少年の声が、オレンジ色の街角に溶けていく。その言葉は彼の背中の上の少女に向けられたもの。
彼女の両手はそれぞれ少年の両肩に、ちょこんと遠慮気味に置かれている。
一般的にいうところのおんぶ、と言うやつだ。

なんで、オレは今、こんな状況に陥ってるんでしょーか。

答えは笑っちゃうくらいにわかっているが、彼女は問わずにはいられない。
いつもよりも少し、いやかなり近くなった夕焼け空を見上げながら少女、ツナはそう心の中で呟いた。









オレンジ色の微笑み










そもそも。
なぜこんなことになっったのか。
その根本原因は、ツナの運動神経の泡沫的悪さにある。
そして直接的原因。それは今日の六限の体育、長距離走のタイム計測での出来事だった。


本来運動が嫌いで苦手なツナにとって体育なんて。ましてマラソンなんて苦痛な時間以外の何者でもなかった。
それでも、苦手は苦手なりに必死にやっていたのだ。そう、やっていたのに。


あぁ、と彼女は思い出す。


平均タイムよりはかなり遅い時間。
しかしどうにか完走して、やっとのことでツナはゴールするところだった。
しかし安心で気が緩んだのか。
最後の最後で、石に躓いて派手にすっ転んでしまったのである。
しかも、膝を擦り剥くに飽き足らず足首を器用にも捻りながら。


直ぐに保健室に向かった(むしろ山本に強制的に連れていかれた)ツナが痛々しく包帯を足首に巻きつけて休み時間に戻ってきた時。
彼女の友達はみな心配してくれた。そんな怪我で一人で帰れるのかと。
いつも一緒に帰る京子と花は、今日に限って用事があるらしい。
申し訳なさそうに二人は眉を下げた。
心配してくれるその気持ちは死ぬほど嬉しかったツナではあるが、京子や花にそんな顔をさせるのは忍びなかった。
幸い、痛いことに代わりはないが歩けないほどではない。
だから大丈夫とツナが答えたその瞬間、恐ろしいまでに深刻な顔をした獄寺が異議を唱えた。 大丈夫なわけないじゃないですか!オレがご自宅までお送りしますと詰め寄ってきたのである。しかしツナはその申し出を渋った。
というか、むしろ激しく断った。




だって。
彼女の意志ではないけれど、ただでさえ毎日一緒に登校しているのだ。
この上一緒に下校なんてしたら、獄寺ファンの女子達に何をされるかわからない。
冗談抜きに石でも投げ付けられそうだ。




だが、こんな時に引く獄寺ではない。もし何かあったらどうするんですかと更に言い募る。
何かってなんだよ!と内心ツッコミをツナは入れてみた。
しかし、あまりに真剣で真摯な獄寺の視線に、結局彼女は陥落した。
なんだかんだいっても痛い足を引きずって一人、帰るのは不安だったからである。





しかし、獄寺は妙な意味でツナの予想を裏切る男であった。










送っていってくれる、とは単に付き添ってくれることだとツナは思っていた。
だが獄寺は、迷う事無く彼女を抱えようと、つまり平たくいうとお姫様抱っこをしようとしたのである。いや実際に、しでかした。
しかも公衆の面前、教室のど真ん中で。
腕の中にいつのまにか納まったツナは、あまりのことに絶句するものの直ぐに我に返る。



「え、ちょっ、ごごご獄寺くん何してんのさ!?」

「安心してください10代目!オレが責任をもってご自宅までお送り」

「いや、じゃなくて!な、な、オレ、ひ、一人で歩けるんだけど!」

「何言ってるんですか!そんなことして傷が悪化したら」

「いや大丈夫、大丈夫だからっ!だからッ、いーからっ!早く、降ろして   ッ!!」





羞恥心から。 そして、ありえない何してくれちゃってんのこの人!?という驚きからツナは有りったけの声で叫んだ。
あまりに彼女が拒否し、暴れるものだからいくら獄寺とはいえ黙ってそのままというわけにはいかない。 自称ツナの右腕という男だ。
結局、彼女の命令と言うかお願いに逆らうことはできないのだろう。
それになにより、暴れたままだと怪我にはよくない。
色々と不服そうだが、獄寺はそっと彼女を降ろした。
足の痛みなんかどこかに忘れ、ツナはほっと一息つく。
しかし、そんな彼女の心の平穏は長く続きはしなかった。


次の瞬間、降ってきたのはこんな、言葉。






「あの。おんぶなら………いいですよね?」

「……………はい?」






………わからない。いや、マジで。
ツナにはこの少年の思考が理解できなかった。
何言ってんですかいやいやいやおんぶだってありえないから!と本気で、思った。
だが、いくらそれを告げても獄寺が折れることは今度は無かった。
挙げ句に、土下座までして、お願いしますせめてそのくらいのことは、と懇願をしだしたのであるこの自称右腕は。
当然、自然とクラスメイト達の視線が彼女達に集まった。
男子からの奇異と女子からの殺意のこもったなんともおっそろしいものである。
それにツナが耐えることなど、土台無理な相談である。
そこで学校を出てからなら、という条件つきで彼女は渋々その申し出に了承した。
と、いうかこの場をさっさと去りたかった。それだけである。










そして、そのまま今に至るというのが事の真相だ。
教室での事を思い出してツナは小さくため息をつく。
ぶっちゃけ、憂欝だった。明日、絶対なにか言われるんだと考えるだけでテンションが下がっていった。
そもそも獄寺君があんなことをするから、と非難がましく彼を見る。
だが、道の先をじっと見る獄寺の目はどこまでも真剣だった。
それをアレ、とどこか不思議に感じ、ツナは思わず口を開く。



「……どうかしたの、獄で」

「10代目」



しかし彼女の呼び掛けは、静かな獄寺自身の声によって阻まれた。



「……な、何?」

「あの、できるだけ揺れないように、ゆっくり歩いてるつもりなんですけど」



そういえば確かに遅い。
普通に歩いていたらとっくに家に着くくらいの時間が既に経っている。



「あの、それで、その……」

「え、あ、うん」

「………その、ホント。それでも辛かったらガンガン言ってください!」



オレ、出来るかぎり揺れないように努力しますから、と首だけ振り返って、獄寺は告げる。
その表情は驚くほど心配そうな、必死なものだった。



「う、うん」



あまりにまっすぐなその顔にツナはたじろいで、そう答えるのが精一杯だった。
何だろう、調子が狂うというかなんというか。
すっかり毒気が抜かれてしまった。
真剣なその声色から、本当に心配してくれてることがわかった。
いつだって、彼女のことになるとそれこそ「死ぬ気」な獄寺だけれども。
そんなこと、嫌になるくらいわかってるというかわかっちゃったというか、だけど。
なんか、変にドキドキする。
いや、別に深い意味は、無いが。



「じゅ、10代目」



そんなことを考えていた時。
またしても突然呼ばれて、ツナの心臓は驚きでドキリと跳ねた。



「なッ、何?」

「あ、あのっ、怪我」



何故か獄寺の声は裏返っていた。
何なのかとツナは眉を潜める。
怪我、とはきっと自身の足のことをいうのだろうが、いったいそれがどうしたというのだろう。
しかも獄寺の顔は何故か赤くなっていく。
それは夕焼け色の街頭ですらはっきり分かる程だ。
なんだか逆に恥ずかしくなったツナは、平静を装って相槌を打つ。



「う、うん?」

「………あのっ。早く、良く、なるとっ、いいですよね!」



そういって獄寺は満面の笑顔を浮かべた。
やはり真っ赤な顔のままで。




何ですか、ツナは思う。
たったそれだけをいうために、あんな真っ赤になったんですか。
それが、冷静な部分での彼女の感想だ。
しかしもう一方で、自らも顔を赤く染めてしまう彼女も、いた。







      あぁ、もう本当に。






きゅっ、とツナは獄寺の両肩に乗せていた手に力を込める。
そして頭をぽすり、と彼の背に預けた。
突然感じた衝撃にびくり、と獄寺は震え、思わず歩みを止める。
そして、恐る恐る彼女を見た。



「え、あ、いやその、じゅ、10代、目?」

「………獄寺君」

「は、はいッ!」



反射的に獄寺は姿勢を正す。
すると、耳元に柔らかく、甘い小さな声が響いた。



      ありがと」



別に、ただのお礼だ。至極普通のことなのだけれども。
なぜかその一言を言うのが妙に恥ずかしく感じて、頭を獄寺に預けたその体制のまま、ツナは思わず目を伏せる。
今きっとオレ耳まで赤いよもう、と胸中呟いた。
そして、思う。






あぁ、もう本当に。
反則だよ、獄寺君。
その笑顔も、言葉も、みんな。






本当は、人前であんな恥ずかしいことされて怒っていたのに。
いまだって、すっごく恥ずかしいのに。
あんなこと言われたら、あんな笑顔見せられたら。
怒る気なんて無くなってしまうじゃないか。





ほぅ、と一つ息を吐くとツナは顔を上げた。



「あのさ、獄寺君」



そして、驚きと衝撃と恥ずかしさ。
しかしそれ以上に想いを寄せる少女からされた行為に対する緊張と、感動で固まる少年に、彼女は呼び掛ける。
そこでようやく彼は我を取り戻した。過剰なまでに慌てて獄寺は答える。



「な、なな何ですかっ?」

「……帰ろっか!」



ほら、もう日も落ちてきちゃったし。と続け、それからにっこりと満面の笑顔を向ける。
その花が咲くような笑みに少年は思わず見惚れてしまった。
しかし、すぐに我に返るとこちらもまた満面の笑顔ではいっ、と答える。
笑顔の応酬はしだいに声に出た笑いとなっていった。






町はオレンジ色。流れてくる風は少し冷たい、夕暮れ時。
静かな街に、くすくすと楽しげな笑い声が二つ、重なって響いている。
少女を背負って歩く少年と、少年の背の上に揺られる少女。
そのどちらの頬もほんのり赤く染まっている。
冷たいはずの風は、妙に心地よく二人の横を通り抜けていった。



















記念すべき獄ツナ♀第一段。
もう、なんていっていいかわかんないくらい恥 ず か し か っ た………!
しっかしウチのツナさん、ものっそ可愛くないですね!

教訓:コミックス一回流し読みだけで、女体化に手ぇなんか出しちゃいけないね、絶対!




管理人の誕生日のために、本命でもないカプの小説を5つも執筆中の心友(心友て/笑)に宛てて。
受け取って、この無駄な愛!(爽やかな笑顔)